2021年03月02日

自分が微妙だと思ってる所は、観客も微妙だと思っている

バレてないと思ってはいけない。
目利きにはバレてる。
目利きでなくとも違和感は感じる。
味音痴でもなんか変だとわかるものだ。


観客というのは、
特定の個人ではなく層のことだ。

目利きが必ず一部いて、
普通の人が沢山いて、
馬鹿が必ず一部いる。

層で見ると平均的な中央を見てしまう。
しかし個別で見るとバラバラな特性を持っている。

平均的な見方というのはない。
常に特定の見方をされていて、
結果が平均的に見えるだけのことだ。



あなたがよく出来てると思った所は、
思ったほど効果を出さない。

それはあなたの思い込みの可能性もあるし、
他のもっとよく出来た何かと比較されるからだ。

一方、微妙だなと思っているが、
気づかれないだろうと思う所はみんな見つける。

これも、よく出来た何かと比較されるからである。

よく出来たものならば○○みたいに夢中になるはずなのに、
これがそうなってないのは微妙だなと思われるのだ。


つまり、
あなたの作品は、
あなたが良いと思った所はそれほど評価されず、
見逃してくれと思う所はバレている。

アクセルは効かず、ブレーキだけはよく効く。

観客は馬鹿だが馬鹿ではない。
観客は賢いが馬鹿である。
様々な層の人があなたの作品を見た時、
平均的に、
あなたのアクセルは遅めに見積もられ、
あなたのブレーキは多めに見積もられる。

減点主義で、加点主義で見られない。

加点主義で見てくれるのは、
信者と身内だけだ。



あなたが自作でイマイチだなと思う所はどこか?
なぜイマイチなのだろう?
普通ならどうするか?

その普通にせず、イマイチになってる理由はなにか?
どうしたらそれを除去でき、
普通にできるか?

それを考えればイマイチをカバー出来るかもしれない。

いや、分析した結果、
イマイチな部分はこの長所からやってくる原理的なものだ、
となったら、
さらに長所を伸ばすことで総合点が上がらないかを考えても良い。


あなたが思うほど観客は乗ってこない。
冷めている人を常に温める気持ちでいよう。
その時にぬる燗を出したらバレるってことだ。
posted by おおおかとしひこ at 00:15| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。