2021年04月14日

一幕だけ考えるツカミは、連載漫画でよくある

一幕だけ考えて走り始める例は、
連載漫画に典型的なパターンだと思う。


いまだに、
「電車に飛び込んだ男がいるが、
死体が見つからない」事件の時に、
「GANTZかよ」ってツッコミがよくある。

GANTZは、
「電車に飛び込んだら、
死んだのかどうかわからないまま、
謎の黒い球体の部屋に転送されて、
意味不明のバトルをやらされる」
という設定部が大変面白い。
すなわち一幕である。

「一体これは何のための戦いなのか」
「俺たちはすでに死んだのか」
「100点取ったら元に戻れるのか」
などをヒキにしながら、
激しいバトルに巻き込まれて行く二幕は、
実のところバトル要素がほとんどで、
ストーリーそのものは進展していない。
(スプレッド)

つまりは、
一幕の強烈な印象に対して、
二幕が負けているということだ。

対比的に、
「進撃の巨人」では、
壁の世界と巨人たちと超大型巨人という、
一幕のぼんやりした設定に対して、
エレンの巨人化や、
壁に埋まった巨人の謎など、
次々に二幕に展開がある。
すなわち、一幕の設定がどんどん更新されて行く。

だから、「壁と巨人」だけが進撃ではない、
みたいになると思う。
一方GANTZはどこまで行っても「死んだと思ったら黒い球」
と第一印象だけが語られる羽目になる。

どっちがいいかは分からない。
いまだにGANTZと言われるということは、
それだけ強烈であったわけで、
新規顧客の流入を考えると、
イメージはひとつに集約していた方がいいかもしれない。

ただ満足度はどちらが上回るか、
まだ進撃の後半を読んでないため断ずることはできないが。

GANTZは案の定風呂敷をたためずに終わってしまった残念作品であるが、
進撃はどこまでやってくれるかだな。
100ワニみたいになったりしてね。


さらに第一印象だけの漫画に、
「千年女王」がある。
松本零士が毎日1ページ漫画を新聞に連載するという、
変わった仕掛けで始まった漫画だ。
いまだに強烈に覚えてるのだが、
主人公が自宅かどこかに帰ってきたら、
家が爆発する、
というオープニングだった。
強烈なヒキではある。
しかしその後納得いく説明があり、
満足した展開になった記憶がない。

つまり、二幕が一幕の強烈な印象を覆せなかった例だ。

ここまで極端でなくとも、
「描きながら考えてるだろ」
と思われる、
設定→展開は連載漫画によく見られる。
「あの伏線なかったことにしたな」とかも良くある。

連載はそのライブを楽しむことであるが、
シナリオはそれとは異なる。

完成したひとつの話であることが求められるわけだ。

僕がちょくちょく、風魔を完結させたいとこぼしているのも、
中途半端に終わった原作の二幕を、
きちんと機能する二幕にリライトしたいからだ。
(できるとは言ってないが、挑戦したい)


一幕のスパークは、
それだけで強烈なヒキになり得る。
しかし、
それ以上の二幕がない限り、
絵に描いた餅にすぎない。
posted by おおおかとしひこ at 00:20| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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