2021年10月03日

ものづくりと経済は本質的に合わないのでは?

ずっと考えていたことが、言葉になったので書いておく。


ものづくりを職人、
商売を商人と僕は考えていて、
資本主義経済は商人のものだと思っている。
で、僕は職人の側にいるわけだ。

商人、つまりプロデューサーや製作委員会、
ひいては映画館やチェーンの営業などについて、
僕はよくわかっていない。やったことがないし、
彼らの動機もよくわかっていない。
僕はずっとものづくりが好きで、それで飯を食えたらいいなと思って、
ものづくりの技能を磨いてきた人生だった。
いいものがすべてで、悪いものはよくない、ただそれだけだ。

しかし、商人たちと関わると、
かれらがものの価値を自ら判断せずに、
評判だけで判断したり、ガワだけで判断して、
まったく中身を見るセンスがないことが、
とても不思議だったのだ。

僕は商売人というものは、
築地の目利きみたいにものの価値を見極め、
それを適切に買うことだと思っていたのだが、
それすら最近は「買い付け」というアウトソーシングをしていることもある。

じゃあ商売人ってなんなんだろう、
その奥にいる経済ってなんなんだろう、
最近流行りの?金融ってなんなんだろう、
ってのがずっと分らなかった。

僕は理系だから、文系のことが分らないのかしら、
などとも思っていたが、
たぶん、そうじゃないことがわかってきた。
経済というのは、僕なりにいえば、
「約束」なのだ。


この作品はこれくらいの利益を見込めるから、
これだけ出資してください、
という意味が僕にはわからない。
だってつくってみないと出来なんて分らないじゃんね。

ものづくりをしたことのある人なら、
それが毎回同じ出来になるわけがないことや、
成功したり失敗したりすることや、
思ったより出来がいいところがあることなどを、
ずんずんと経験している。
それの総合力で、そのものの価値が決まることもだ。

だから約束なんて出来ないよね。
だいたいの方向性は出来るけど、
これだけの利益が見込めるものが出来る、
という保証なんて出来るわけがない。
だってまだ出来てないんだから。

にも拘わらず、
すべての商売は、約束で進む。
見込み、ということでもいいか。

銀行や投資は、約束で進む。
単純に、期限までにこれだけを返せ、
という約束だ。

契約は約束である。
出来を保証しない。
商売は契約で進む。
その契約には、ものづくりの本質的であるところの、
出来不出来ということが入っていない。

あるいは、船頭多くして船山に登る現象があることを、
予言できない。

実体経済と金融経済は違うという。
金融経済はすべて約束で成り立っている。
実体経済はものづくりだ。
約束とはバーチャルなものだ。
全部「つもり」「あるとして」の架空の話なんだよな。

風評で株価が上下するということが、
いまだに僕はよくわかっていない。
だってものの実質と風評はまったく別じゃないか。
ものづくりの評価が落ちて株価が下がるなら当たり前だと思うが、
たかが風評で株価が上下するなんて、
そのものの価値を誰も分かっていない証拠じゃないのか、
って思ってしまう。

だが、それは「約束」だからなのだ。
約束したことと違うから株価が下がる。
いい約束があるから株価が上がる。
実体は問わない。
どうもそういう仕組みらしい。


経営とかもそうだろうね。
三年計画でこれだけ増資して成長しますとか、
よくわからない。
どんだけ増資しようが、
研究は失敗することもあるし、
まったく投資しなくて研究が伸びることもたくさんある。

ものづくりは、約束できないのだ。
100万ドルあるから相対性理論をゼロから思いつけ、
という約束は出来ない。
1億やるから手塚を超えるものを、
と言われたって、出来る保証はどこにもない。

でも、タダで薙刀式をつくったり、
閃きでアイデアが出てきたりすることはある。
増資と本質的に関係ないところで、
ものづくりは完成したり発展したりする。


そうしたことが経営の理論に入っているとは、
とても思えない。
せいぜい、
「二番じゃだめなんですか」と聞いてみたり、
不採算部門を切り捨てることくらいしか、
経営には出来ないだろう。
それで約束的には発展するかもしれないが、
革命的なものがつくられたり、
文化が変わるほどの変革が起こるかは、
まったく約束できない。


映画は、製作委員会から出資を募るところから始まる。
彼らは脚本をたぶん読まない。
「どういう約束が出来ますか」しか興味がないんだと思う。

「これは面白いから儲かります」はまったく通用せず、
「人気の〇〇が出るので、他の出演映画比で、
これくらいの儲けが予測できます」
「〇万部の原作なので、これまでの統計から、
〇%が見ます」などしか見ない。

出資する人は、ものづくりのプロではない。
約束のプロでしかないわけだ。

だから、
間に挟まれるプロデューサーが、
いま一番人材難なのかもしれない。
だって「出来がいい脚本」を、
売る手段がないからだ。

おそらく、ものづくり全般で起きている問題だろう。


しばらくものづくりに投資して、
出来上がったものを刈り取る、という種まき方式ではなく、
約束できるものに乗っかる、
という相乗り方式でしか、
いまや出資は行われていない気がする。

金融社会であるという。
資本主義の完成であるという。

だから、イノベーションが生まれなくなったのだろう。
だから、面白い、見たこともない映画が、
生まれづらくなったのだろう。


イノベーションをするのは、
貧乏人と相場が決まっている。
たくさんの発明をして、
どれが生き残るか、金持ちは試しているわけだ。

それで、伸びてきた草を刈り取ることが、
いまや商売の基本になっているのではないか。

あるスタートアップ企業をつくり、
伸びてきたら大手に売る、
という「グーグルに買われる会社」を、
つくろうとしているような人たちはたくさんいそうだ。


じゃあ、貧乏になればいいのかな。
ハングリー精神が重要なのかしら。
それじゃあ、
金のかかった面白い映画って出来ないよな。
と、矛盾のループが回っている。


ものづくりは約束できるものではない。
だから、
10作って、1売れたら儲かる、
というのが映画の商売論だったはずだ。

糞ゲーがたくさんあって、名作もたくさんある状況が、
健康的な市場なのだ。

制作費が高騰したことが、
すべての間違いなのだろうか。



つまり、資本主義の限界は、
約束できないものづくりで儲けるくせに、
約束の世界で生きていることではないか。

そして、我々はAIではないので、
ものづくりから離れて生きていけないことである。
金融、バーチャル、契約だけで生きていけないのだ。

どうも富裕層はそうしているっぽいが、
我々はAIでない。飯も食うし、セックスもする。
色んなものを消費して、最後は死ぬ。
ものがない世界、断捨離とかいうけど、
それでは生きられないんだよな。


撮影の主流が、
実体のあるフィルムから、
データであるデジタルに変わったとき、
僕はとても違和感があった。
映画がものづくりから、約束ごとに変質してしまったような気がした。

ドーム球場が、
「雨だと観客への払い戻しがあるため、それを無くす」
ためだと知ったときも、同じことを思った。
雨が降ったり、色んな事故が発生するのが現実だ。
それを、安定したグラフを保つために、
約束事へと変換する装置がドーム球場なんだ、
と僕は理解したのかもしれない。

視聴率も、約束ごとに見える。
ものづくりとは関係がない証拠に、
5分早く始めて視聴率を上げるとか、
CM前後に煽りを入れるとか、
ものづくりと関係ない手法が横行した。
その結果、ものづくりそのものはどうでも良くなってしまったように思う。
人気者という風評に乗っかっているだけのような気がする。


僕は経済の理論を知らないし、
投資の手法にも詳しくない。
ものづくり一本でやってきて、
どうにも引っかかる違和感を、
まとめてみただけだ。

そうそう、前に出した例で、
「〇〇ってどれくらいで出来る?」とエンジニアに聞いたら、
「実装しました」と言われて驚いた、
という話をした。
ものづくりというのは、
出来るか出来ないかは、つくってみないと分らないから、
出来たから「出来ます」と答えるしかないのだ。
出来なかったら「出来ませんでした」と答えるのみだ。
約束はできない。
出来たか、出来なかったかなんだよな。

それを約束の世界で扱ってるから、
矛盾がいっぱいあるんだろう。


じゃあどうすればいい?
出来たものを買う方式?
それは作る側のリスクが高すぎる。
自社制作をやめた映画会社はいずれそうなるのかもしれない。
僕は、泥臭いが、
10本つくって1本当たりの方式でいいと思っている。
クソゲーB級を、たくさん抱えればいいじゃないかと思っている。
映画館チェーンに約束した儲けを保証せずに、
トータルで儲ければいいじゃないか、と思っている。

いま、サブスクがそういうことをやろうとしているのかもね。
定額だからなんでもできる、という状況が整っているのかもしれない。
作品ごとでリスクを抱えずに、全体で保証される感じ。


そうじゃないと、
文化なんて出来ないよね。
文化とは、新しい冒険のことだからね。
冒険が約束できるわけないよな。

今から書く文章が名文であると保証出来ない限り、
文章を書けない状況に、
みんな苦しんでいる。

経済や投資というものがわかればわかるほど、
ものづくりに投資なんて無理じゃないかと思えてくる。
実体のないものを回し続けたほうが楽勝だと思う。
それが金融なのだろうか。
posted by おおおかとしひこ at 18:04| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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