脳内で色々思い悩むことは、
一旦リストで書き出すと俯瞰しやすくなる。
つまり、脳内スペースは案外狭い。
で、僕が思うのは、
デジタルの作業スペースって、脳に近いってこと。
つまり、狭いんだよね。
最近ツインディスプレイや、
トリプルディスプレイが、
エンジニアの間で流行っている。
マルチウインドウでは狭くて、
マルチディスプレイにしたってことだね。
僕は、紙で代替できるものは、
全部紙焼きしていいんじゃないかと思う。
各種資料、手書きのメモなど。
それを脇に置いて、ペラペラめくって考えるのが、
ちょうどいいと思っている。
マルチディスプレイで足りない?
じゃあいくつまで増やせばいい?
4でも16でもいいぜ?
いくつまで増やしても、
紙焼きに勝てない部分がある。
それは、
「ディスプレイは消えるもの」
「紙は消えないもの」
という違いがあるからだ。
ディスプレイは可塑性があり、
柔軟だが、
それは消えるものである。
スクロールやウインドウを閉じれば消えるし、
モニタはスリープするし、
PCの電源は落とされる。
ずっと表示し続けることも不可能じゃないが、
今度はモニタが焼きつく。
消えるものは、
一次記憶に似ている。
脳内に展開した感じに似ている。
可塑性があり、柔軟だが、
寝れば消える感じ。
そして、その消えるものは、
両手に持つような感じで、
脳内の認識に限界があると思う。
一旦それを手放せば、
もう少し先の矛盾に気付いたり、
裏の可能性に気付いたり、
足りないものがあるのに気付いたのに。
だから、
それを一旦紙に落とすのだ。
紙に落とされたものは、
(その束を無くさない限り)消えない、
という保証があるから、
安心してそれを脳内から忘れられる。
完全消去ではなく、
簡単な骨格だけ脳内に置いといて、
脳内のメモリを解放できるのだ。
だから、足りないものや、矛盾や、
裏や、こうするべきでは、と、
俯瞰的になって気付きやすいのだ。
やることがいっぱいあるとき、
ToDoリストをつくることはよくあるよね。
スケジュール帳をつくるのは、
ToDoリストと似ている。
これをモニタ内でやってしまうと、
「脳内展開要素」になりがちだと思う。
それが結局頭を支配して、
外に出して忘れることの意味がなくなってしまう。
さて、
シナリオを書くときにも、
同じ事が起こりがちだ。
プロットをまとめて書き出し、
紙焼きしてみよう。
こうすることで、プロットは外在化し、
脳内メモリをあけることができる。
プロットが紙焼きされ、
モニタがオールクリアされたわけだ。
こうすることで、
プロットの穴に気付いたり、
プロットの順番の矛盾に気付いたり、
作品全体を(頭の中で)眺めることが可能になる。
各登場人物から見たこのストーリーに矛盾がないかとか、
なぜそういう行動をしたのかとか、
なぜそういう行動をしなかったのかとか、
詳しく考える事が可能になる。
頭の中でプロットを抱えていた状態では、
このことが困難だ。
外在化させれば、頭を使う領域が増えるわけだ。
メモを壁に貼ったり、
プロットをホワイトボードに書いたり、
カードを並べ替えたりする方法は、
すべてこのためである。
アイデアを湧かせるために、泉を掃除するのである。
何も手に持たず、外在化したものを見ればいいや、
という状態に自分をすることだ。
そうすると、ふとした視点に気づくことがあるだろう。
飯を食ってるときにアイデアが湧いたり、
散歩してるとき、風呂、トイレでアイデアが湧くのも、
何も手に持ってなくて、
脳内だけで考えているからだ。
もし外在化させていなければ、
脳内がぐるぐるまわって、混乱は増すばかりである。
その迷路を一旦脳内から退出させるべきだろう。
プリントされた脚本を、全ページ壁に貼って考える人もいる。
今視界に入っていないところは外在化してるから、
今視野の部分だけを考えればいいから楽だよね。
別のところを見たければ足を動かせばいい。
マルチモニタでこれが出来るか?
可塑性があり、危ういため、出来ないと僕は考える。
不動の紙という物体だから、
安心して目を離して、書き込んだり出来ると考えている。
モニタ内のことは全部脳になってしまう気がする。
手離すことが紙の目的だからね。
プロットを簡単な表にしてみたり、
人物が今どこにいるか、行動軌跡を書いてみたり、
ある時点での全員の動機を表にしてみたりすることは、
こうした脳内メモリの圧迫を開放することに近い。
自分でわかる表を、紙でつくろう。
誰に見せるわけでもないから、
きれいに作る必要はない。
手書きで十分。
そうしたとき、
それを手離して、別のことを考えられることに気づくだろう。
デジタルの道具は、
このことを忘れさせてしまうから、
そこが欠点だと思う。
A4で足りなきゃB4やA3でいいよ。
何枚かに分けてもいいが、
一枚にしたほうがいいと思う。
すごい多くなるなら、何枚にもわけて、
ペラペラめくれるようにしておくべき。
ダブルクリップで止めとけばバラバラにもならないだろう。
そんな何百円かで出来ることを、
やらない理由はない。
そもそも、なぜそうなるのだろう?
シナリオというものは、
文字列を読むだけで、
頭の中に想像を膨らませる、圧縮されたものだからだ。
物語とは、端から端まで一気に俯瞰できないものを扱うことだと、
僕は考えている。
時間は常に現在しかない。
現在以外を脳やモニタほとんど持てないと思う。
だから、現在以外を一旦消えないものとして置いておく。
2022年02月15日
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