2022年02月15日

書くことは、脳のスペースより広い

脳内で色々思い悩むことは、
一旦リストで書き出すと俯瞰しやすくなる。
つまり、脳内スペースは案外狭い。

で、僕が思うのは、
デジタルの作業スペースって、脳に近いってこと。
つまり、狭いんだよね。


最近ツインディスプレイや、
トリプルディスプレイが、
エンジニアの間で流行っている。
マルチウインドウでは狭くて、
マルチディスプレイにしたってことだね。

僕は、紙で代替できるものは、
全部紙焼きしていいんじゃないかと思う。
各種資料、手書きのメモなど。
それを脇に置いて、ペラペラめくって考えるのが、
ちょうどいいと思っている。

マルチディスプレイで足りない?
じゃあいくつまで増やせばいい?
4でも16でもいいぜ?

いくつまで増やしても、
紙焼きに勝てない部分がある。

それは、
「ディスプレイは消えるもの」
「紙は消えないもの」
という違いがあるからだ。


ディスプレイは可塑性があり、
柔軟だが、
それは消えるものである。
スクロールやウインドウを閉じれば消えるし、
モニタはスリープするし、
PCの電源は落とされる。
ずっと表示し続けることも不可能じゃないが、
今度はモニタが焼きつく。


消えるものは、
一次記憶に似ている。

脳内に展開した感じに似ている。
可塑性があり、柔軟だが、
寝れば消える感じ。

そして、その消えるものは、
両手に持つような感じで、
脳内の認識に限界があると思う。

一旦それを手放せば、
もう少し先の矛盾に気付いたり、
裏の可能性に気付いたり、
足りないものがあるのに気付いたのに。

だから、
それを一旦紙に落とすのだ。


紙に落とされたものは、
(その束を無くさない限り)消えない、
という保証があるから、
安心してそれを脳内から忘れられる。

完全消去ではなく、
簡単な骨格だけ脳内に置いといて、
脳内のメモリを解放できるのだ。

だから、足りないものや、矛盾や、
裏や、こうするべきでは、と、
俯瞰的になって気付きやすいのだ。


やることがいっぱいあるとき、
ToDoリストをつくることはよくあるよね。
スケジュール帳をつくるのは、
ToDoリストと似ている。

これをモニタ内でやってしまうと、
「脳内展開要素」になりがちだと思う。
それが結局頭を支配して、
外に出して忘れることの意味がなくなってしまう。


さて、
シナリオを書くときにも、
同じ事が起こりがちだ。

プロットをまとめて書き出し、
紙焼きしてみよう。

こうすることで、プロットは外在化し、
脳内メモリをあけることができる。
プロットが紙焼きされ、
モニタがオールクリアされたわけだ。

こうすることで、
プロットの穴に気付いたり、
プロットの順番の矛盾に気付いたり、
作品全体を(頭の中で)眺めることが可能になる。

各登場人物から見たこのストーリーに矛盾がないかとか、
なぜそういう行動をしたのかとか、
なぜそういう行動をしなかったのかとか、
詳しく考える事が可能になる。

頭の中でプロットを抱えていた状態では、
このことが困難だ。

外在化させれば、頭を使う領域が増えるわけだ。


メモを壁に貼ったり、
プロットをホワイトボードに書いたり、
カードを並べ替えたりする方法は、
すべてこのためである。
アイデアを湧かせるために、泉を掃除するのである。

何も手に持たず、外在化したものを見ればいいや、
という状態に自分をすることだ。

そうすると、ふとした視点に気づくことがあるだろう。


飯を食ってるときにアイデアが湧いたり、
散歩してるとき、風呂、トイレでアイデアが湧くのも、
何も手に持ってなくて、
脳内だけで考えているからだ。

もし外在化させていなければ、
脳内がぐるぐるまわって、混乱は増すばかりである。
その迷路を一旦脳内から退出させるべきだろう。

プリントされた脚本を、全ページ壁に貼って考える人もいる。
今視界に入っていないところは外在化してるから、
今視野の部分だけを考えればいいから楽だよね。
別のところを見たければ足を動かせばいい。

マルチモニタでこれが出来るか?
可塑性があり、危ういため、出来ないと僕は考える。
不動の紙という物体だから、
安心して目を離して、書き込んだり出来ると考えている。
モニタ内のことは全部脳になってしまう気がする。
手離すことが紙の目的だからね。


プロットを簡単な表にしてみたり、
人物が今どこにいるか、行動軌跡を書いてみたり、
ある時点での全員の動機を表にしてみたりすることは、
こうした脳内メモリの圧迫を開放することに近い。

自分でわかる表を、紙でつくろう。
誰に見せるわけでもないから、
きれいに作る必要はない。
手書きで十分。

そうしたとき、
それを手離して、別のことを考えられることに気づくだろう。

デジタルの道具は、
このことを忘れさせてしまうから、
そこが欠点だと思う。


A4で足りなきゃB4やA3でいいよ。
何枚かに分けてもいいが、
一枚にしたほうがいいと思う。
すごい多くなるなら、何枚にもわけて、
ペラペラめくれるようにしておくべき。
ダブルクリップで止めとけばバラバラにもならないだろう。
そんな何百円かで出来ることを、
やらない理由はない。


そもそも、なぜそうなるのだろう?

シナリオというものは、
文字列を読むだけで、
頭の中に想像を膨らませる、圧縮されたものだからだ。

物語とは、端から端まで一気に俯瞰できないものを扱うことだと、
僕は考えている。
時間は常に現在しかない。
現在以外を脳やモニタほとんど持てないと思う。
だから、現在以外を一旦消えないものとして置いておく。
posted by おおおかとしひこ at 00:14| Comment(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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