長いこと執筆を続けてきて、
ついにラストシーンを書き終えて、「終」と書く瞬間。
色々な気持ちが交錯するものだ。
僕は今まで何度も「終」を書いてきたんだけど、
大体その瞬間は夜中だった。
夜の方が集中できるし、静かだし、
晩飯食った後の自由時間から、
朝まで書けるし。
とくにクライマックスの三幕って、
一日で一気に書いてしまうことが多く、
晩飯後から始めて、
朝になる頃に虚脱感とともに終わることが多かった。
今回の話はなぜか朝起きた時に、
「ラストを書きたい」と思い、
ゆっくり朝風呂入って構想して、
長めの散歩をしながら考えて、
12時くらいに駅前のスタバに行き、
13時半くらいまでかけて、
一気に書き、フィニッシュした。
今回の話は三幕が迷路状になっていて、
ボトムポイントから、
第二ターニングポイント→三幕前半までを一気書き、
三幕後半からラストまでを一気書きするという、
結構変則的な書き方だった。
書き終えてふと周りを見ると、
桜が満開で散り始めている。
年明けから三ヶ月かけて書いてきたのだが、
なんだか長い白昼夢を見ているような気分だった。
徹夜明けの朝に書き終えたり、
真夜中に書き終えたり(腹減ってそのまま吉牛まで歩いたことがあったなあ)、
夕方を過ぎて晩飯抜きで夜遅めに書き終えたり、
日付変更線をまたいだ国際線の機内で書き終えたことはあったが、
真昼間のいい天気の時に書き終えたのは、
初めてかも知れない。
昼間に書くのがいいのは、
周りに他人がいることである。
この人たちをまるごと白昼夢に引き摺り込んで、
見終えたら、そうだ桜が満開だったわと思い出して、
うまく現実に戻れないような、
そんな感覚を想像することがしやすい。
夜中に一人で書くと、
それが独りよがりになる可能性がある。
もっとも、雑音に邪魔されずに純粋な思考ができる利点はある。
若い時は夜中に書いてみるのもいい。
体力があるから徹夜もいいだろう。
(徹夜することに満足感を得ては本末転倒だ。
内容がいいことに満足感を得るべきだ)
もし独りよがりな話かもと疑ったら、
真昼間の人がざわざわいる場所で、
書くことをお勧めする。
このざわざわが、
ストーリーにどうやって集中するのかな、
と想像を巡らせることは、
ストーリーに的確な客観的距離をもたらす。
このざわざわしてる人たちが、
なぜ自分のストーリーに興味を持ち、
なぜざわざわをやめて静かになり、
何を期待しながらラストシーンまで注意深く見守り、
ラストを終えた後ため息をつき、
静かにストーリーのことを反芻するのか?
を、シミュレーションするのだ。
あなたと同じ趣味の人はこのざわざわの中にいない。
これ好きでしょといって寄ってくる人ではなく、
何も関係ない人々だ。
にも関わらず、どうして首を突っ込んでくるんだ?
と考えるのだ。
人間は馬鹿じゃないので、
書く環境に影響を受ける。
一人で書いてないで、
白昼堂々の執筆をしてみる経験は、
貴重だぞ。
仕事の合間に書こうとすると、
夜は仕事明けの疲れがあって、
あんまり書けないんだよね。
それよりも、
ぐっすり寝て頭も整理されてる朝の方が、
社会人にはいいかもね。
土日はたっぷり朝から昼寝込みで夜中まで行けるけど、
こうして朝だけ、昼だけやる、
という仕組みも試してみると面白い発見があるよ。
2022年04月02日
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