2023年02月06日

それは必ず利用される

伏線とは、あとで使用するリストのことである。


設定したら使いたまえ。
使わないなら設定から外すことだ。
その原則は分っていても、
時々、
壁にかけた銃が、かけたまま終わることがとても多い。


長編を書くときは、とくに何が使われて、
何が使われないかは不明なことがある。
だから多めに設定したろ、ということもある。
それゆえに、「あれ出てきたけど意味なかったな」というデブリが残ることはまれによくある。

しかし映画はそれは許されないように思う。
シビアに「使っていないものは出さない」くらいにしないと、
「あれなんやったんや」という謎だけが残ってしまう。
なんなら、「いらなかったのでは?」と思われてしまうわけだ。


「これは時間経過を表す表現なんです」
みたいな言い方で、せっかくよいものを二度と使わないことがある。
時間経過をしめしているだけ?
伏線に使わないの?という聞き方なら、
そうか、これを伏線に使う手もあるのか、
と気づけるかも知れないね。

「〇〇を表している」は分った。
しかし一回だけしか使わないのが分らない。
二回目は「それが伏線だったのかー!」と驚くような、
使い方をしてみてはどうだろう。
三回使っても、もちろん構わないわけだ。

つまり、殆どの要素は天丼であるべきだ、ということだ。
一度使ったものが、今回どう使われるか?
という観点から、後半を考えてもよいということだ。

前半戦に出てきたあれを、
いつ使うのか?
使わないなら、その前半戦ごと削除だ。
そうするとセットアップがすっきりするかもしれない。
そのことで事件をじっくり描き、感情移入をじっくり描けるならば、
セットアップは少ないほうがよい。
あとで使う伏線だらけならば、
それを綿密にやればよい。


posted by おおおかとしひこ at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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