2023年03月15日

なぜなぜ坊やになろう

プロットを組み上げるときのコツ。
「なぜ?」と気になるところを全部問うことだ。


あとあと自分の首を絞めるとか、
そういうことはとりあえず気にするな。
あなたがそのようなプロットや設定を、
観客として与えられたと想像して、
気になる「なぜ?」を探すのだ。

たとえば。

「この男は正義感が強い」
という設定。
これに「なぜ?」と問うわけ。

特に理由もなく設定されてたら、
その理由を創作する必要がある。

たとえば母が不正して得た金で、
給食費を払っているのを子供の頃に知ったから、
でもいいし、
尊敬する兄が刑務所に入って、
許せないと思ってるから、
でもいいし、
昔見たアニメの影響、
でもいいよ。

なんでもいい。

それぞれの理由に対して、
また「なぜ?」と突っ込むことはできる。
なぜ母親はそんなことをしたのか、
なぜ兄は犯罪を犯したのか、
なぜそのアニメでは正義がよかったのか、
などだ。
そこにも理由があり、
またなんでかよくわからないところがあれば、
なぜなぜ坊やに問うてもらおう。
なぜ?と、納得いくまでだ。

たとえば、
主人公がヒロインに惚れるとしよう。
なぜ?と問うのだ。

ルックスが好みだったから、
親切にされたから、
一緒に部活をしているうちに、
などなど、なんでもいいから理由を出す。
そして、また納得がいかなければ、
「なぜ?」と問う。

なぜそのルックスが好みなの?
自覚してるの、してないの?
親切にされたら誰でも好きになるの?
部活をしてるどんなときに好きになったの?
などなどなど。
その答えに対しても、
また「なぜ?」が出てくると思う。
それに答えていく。

もし、
納得がいかないならば、
それら全部を創作しきれていない、
という証拠だ。
つまりは理由なき何かが起こる、
ご都合主義になっているわけ。

その恋人たち二人は旅行先に京都を選ぶ、
という場面があるなら、
「なぜ京都?」と思うわけ。

京都を舞台にした漫画を読んでたから、
京都大学に憧れてたから、
京都の漬物が好きだから、
などなんでもいいから理由をつけていく。


こうすると、
ある一つの何かの裏には、
たくさんの問いに答える答えが、
創作されていることがわかるだろう。

もちろんそれを一から説明する必要などない。
なるべく端的にそれが分かるものだけで、
説明シーンを書くことを意識すると良い。


なぜなぜ坊やが「なぜ?」と思うところは、
観客もそう思う部分である。
そこに適度に答えが与えられていないなら、
欲求不満が募り、作者を信用しなくなる。
(わざと欲求不満にする狙いを除く)

「彼はコーラが好きなのである」
と設定して、
大好物のコーラを巡ったドタバタがあったとしよう。
なんでコーラなんだっけ?
に答えがない場合、
「単に好みだから」でおしまいになってしまう。

それが、
「転校してった親友と、
最後に二人でコーラを飲んで以来、
思い出の飲み物になっていて、
彼は大事な時にコーラを飲むのだ」
なんて理由を創作できると、
物語の質がまったく変わってくることに、
気づかれたい。

あるいは、
「彼は頭を使う仕事をしていて、
手っ取り早く糖分の取れる飲み物を欲する、
合理的なのはコーラだ」
でもいいんだよね。

それは、物語に深みを与えて、
必然性をつくるわけ。

逆に「なぜ?」と問うことで、
必然性が足りてないぞ、つくれ、
と自分に要求することになるわけだ。


なぜなぜ坊やは、聞かれる側はイライラする。
しかし重要だ。
空はなんで青いのか?夕焼けはなんで赤いのか?
ググれば答えが出るものはググっとけばよい。

そんな一般的でない、
個々人に属するプロット、
行動の理由こそが、
創作するべき部分なのだ。

つまりなぜなぜ坊やが出てくる時は、
そこが足りてない時だ。
セルフチェックにとてもよいぞ。

なぜ彼はニヒルに構えているのか。
なぜ彼は頬に傷があるのか。
なぜ彼女は明るい性格なのか。
なぜ彼女はカバンの中を隠すのか。
なんでもよいので、プロットや設定に関する、
あらゆることを何故か分析して、
裏打ちしておこう。
世界はそれで豊かになる。
厚みを増す。
posted by おおおかとしひこ at 00:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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