「あ、アイデアを思いついたぞ」というときに、
絵を浮かべる人は一定数いると思う。
でも絵はストーリーじゃないので、
ストーリーのアイデアはまだ思いついていないことに注意されたい。
絵のアイデアは、ポスターになったり、
イコンになる場面になったり、
そもそもいい絵は心地よいなどの、
映画にとってとてもいい栄養素になる。
パッと見があると、それから連想も出てくるし、開発も進みやすくなるしね。
しかし、絵のアイデアは常に静止していることに気づこう。
絵は静止だ。ストップモーションだ。
「それからどうなるの?」(絵がスタート地点)
「どうやってそこにたどり着いたの?」(絵がゴール地点)
がストーリーである。
その絵は、スタートか?ゴールか?を考えよう。
(もちろん途中でもいいよ)
そこから発展出来るか、
あるいは、発展の末、そこに至るかを創作してみよう。
もしまったく思いつかない場合は、
スタートだと思った絵をゴールと考えて、
そこへどう至るかを考えよう。
ゴールだと思った絵をスタートだと考えて、
次にどうなっていくかを考えよう。
あるいは途中だと思って、
その前と後を考えても良い(負担が大きいが)。
絵は手がかりになる。
しかし手がかりであり、すべてではない。
ストーリーとは全てだ。手がかりしかまだない状態だ。
絵は情報量が大きいため、
テキストで表現するより手っ取り早く圧縮が出来る。
しかし可塑性がないため、
一回決めたら動かすことは難しい。
テキストなんて適当に書きなおせば、
いくらでも可塑性がある。
しかしパッと見で理解するのは難しく、
コミュニケーション速度は遅い。
このあたりを理解して、
今思いついたアイデアは、絵にしておくのがいいのか、
テキストにしておくのかどっちがいいか考えよう。
書き留めるときはどっちでもいいが、
それを改めてまとめるときに、変えたっていいんだぜ。
テキストで思いついたアイデアを絵に描いてみることも重要だし、
絵をテキストにして、柔軟性を保っておくことも必要かもしれない。
絵は一回決まったら動かせなくなるから、
変なこだわりになる恐れもあるしね。
もちろん、うまい絵である必要はない。
アイデアがビジュアルであるか、
そうでないか、というだけの話である。
で、ビジュアルはストーリーではないので、
どんなにいい絵を思いついたって、
おもしろいストーリーにはならないよ、
というのが本題である。
それはあくまで、
「その作品にはいいビジュアルが出てくる」しか言っていない。
どんなストーリーかを言っていないわけだ。
そこで自己満足せずに、
その前と後を想像することだ。
これはテヅカチャートの変形でもある。
ある場面を想定して、
そのあとに起きることを5つ、
その前に起きたことを5つ考える、
というのが手塚治虫のトレーニング方法であった。
そのあとのあと、その前の前まで広げれば、
5×5×2=50通りのアイデアを考えなければならないわけだ。
これだけ全部絵を描いてもいいし、
テキストでやっても良い。
テキストといっても一行でもいいだろう。
テキストのほうがアイデアの速度があるよね。
一枚絵は大事だが、
一枚絵は2時間のうち1秒に過ぎない。
残り1時間59分59秒を考える旅に出なければ、
ストーリーを考えていることにならないぜ。
一枚絵だけで何かを語ろうとする人がいる。
そういう人は短編に向いているのかもしれない。
短編はワンシチュエーション勝負の時があるからね。
そのシチュエーションのオモシロさだけで目立つことが出来る。
その前後がいらない、という点でも、
ビジュアル重視のアイデアは使えるかもしれない。
つまり、まだあなたは長編に必要なアイデアの形で、
アイデアを思いついていない可能性すらあるぞ。
いい絵を思いついた!と思っても、
それはまだ短編にしか使えないもので、
長編には使えないものであった、
というのは、
孫悟空がお釈迦様の手のひらで踊っていたことに近いかも知れないね。
その外に出ることだな。
2023年11月06日
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