つまらないポイントは、
たいてい集中力が切れたときだ。
どういうときだろう。
僕は、提供される情報量が、
少なすぎるか、多すぎるかの、
どちらかだと思っている。
情報量は計算的に出るものではないが、
時間当たりでなんとなく流量があるというのが実感だろう。
これが少なすぎると、
つまらなくなる。
新しい展開がなくて、
変わり映えがしなくなるからだ。
最初からずっとそうならば、
そういうゆるい系のストーリーかな、
とも思えるが、
最初怒涛のように情報量があって、
途中、それらが更新されなくなって、
ちょろちょろとしか水が流れてこなくなったら、
つまらなく感じるだろうね。
もちろん、
同じ世界でのマンネリが面白い、
ということもあるから、
一概に情報量低下だけが、
つまらないポイントとは限らない。
しかしミステリーなど、
情報を追いかけるタイプのものは、
途中で手掛かりがなくなったりして、
展開が停止してきたら、
ペースが落ちて、つまらなく感じるのは確実だ。
情報量が少なくなるのは、
ペースが落ちる、とも考えられる。
スピードが落ちた車はつまらない。
むしろ、どんどんスピードアップが求められているものが、
娯楽というものである。
どんどん緩くなってきたら、
あんまり面白くないよね。
新展開、新情報、新キャラ、新場所、
なんでもいいから、
新しくやっていくべきだろう。
これはなんとなく分かるかもだけど、
難しいのは、逆の情報量過多の場合だ。
難しい部分だから、
あんまり追及しても面白くない部分だから、
しかし示しておかないと次が分からなくなるから、
などの理由によって、
つまらない部分をなるべく短くして、
次々に提示していくようなパートがあると思う。
この時、
情報量が単位時間あたりに多く詰め込まれるために、
それが飽和して、
何が何だか把握する前に、
話が進んでしまうことがある。
これも逆の意味でつまらなくなるわけ。
消化不良という感じかな。
せっかく出てきたものを、
味わう前に終わってしまう感じだ。
もちろん、あんまりおもしろくないパートだから、
そういうことをしているんだけど、
それによって、
おもしろくないのが、輪をかけて面白くないことになってしまっている可能性が、
この情報量過多(絶対情報量が多くなくても、
単位時間あたりの情報量が多い場合、
情報量過多になってしまうよね)にあるわけ。
たとえば、
「1万年後」なんて情報量は、
かなりのギャップがあるよね。
だから、
それを提示されたときに、
すぐに話を進めてはいけないわけ。
「1万年後」という状況に、
観客が慣れるまで待つべきなんだよね。
いきなり1万年後に飛ばさずに、
事前に「3年後」とか、
大きく年が飛ぶ話なんだな、
とわかっていれば、
「1万年後」とかが急に来てもなんとかなるんだけど、
いきなりこれが来たら、
だいぶギャップを吸収するのに、
ふつうの人は時間がかかるわけ。
消化吸収するまで待ってあげるのも、
単位時間あたりの情報量を減らすやり方だ。
「1万年後」となったときに、
いきなり本編の続きを追わずに、
地球の気候はこうなっている、
生物はこうなっている、人類はこういう生き方をしている、
などを示して、それから本題の続きをやったりすれば、
そのギャップを吸収できたりするだろうね。
つまらないパートをさっさと通過したくて、
短くポンポンとつなぐことはよくあること。
しかし、
それによってあまりにも情報量が多くなるなら、
それは全体的につまらなさが増すことになってしまう。
だったら、全カットして、
「結局こうなったんだよ」と、
面白いパートから再開する手だってあるわけ。
どう書いてもつまらなくなるパートは、
どこかに大体あるものだ。
だから、
それに拘泥して、結局うまくいかなくなるくらいならば、
どこかをじっくり描いて面白くしたり、
いっそ全切り、
という選択肢もあることに気づこう。
適切な情報量が、適切に流れていれば、
それは面白い。
そうじゃないペースのときに、
注意するべきじゃないかな。
2024年01月03日
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