2023年11月02日

狭くて閉じた物語(「ザ・クリエイター創造者」評2)

脚本的な批評だけしておくか。
以下ネタバレで。


ストーリー自体はものすごくふつうというか、
特別なものを感じなかった。
ざっくりいうと、家族の喪失と再生みたいな、
平凡なストーリーラインだなあとは思う。
それをAIがらみで新しく書き直している、
という印象を受けたかな。

ただ、テクニック的に注目するべきは、
「常に焦点がはっきりしている」というところ。

冒頭、妻を失うところはすごくよくできていた。
それが主人公の動機になることもよくわかり、
「生きていた」という3Dホログラムから、
その場所が分かっているのは自分だけ、
という限定の仕方がうまく、
あの島へもう一度旅に出る、
という動機付けはとても良かった。

そのあと、アルフィーに出会ってからが本番で、
そこからは基本的に「生きている妻を探す」
が焦点の、
バディ珍道中ものになるわけだ。
追手をかわしながら、
という点ではターミネーターにも通じるパターンだね。

そして妻こそが探し求めていた「創造者」なのだ、
というパターンもたいして驚きがあるわけじゃないし、
実は死んでた、植物人間だった、
というのも驚きとしては弱い感じがした。

そこで生命維持装置をオフして殺してしまうのは、
どうかと思うんだよなあ。
そこでやや気持ちは外れる。
もちろん、ラストのアレをやりたかったんだな、
とあとではわかるものの、
「そこで電源落とす?」というのが、
理由としては弱い気がするんだよね。
「いつか目覚めるかもしれないじゃないか」
というのを期待したくなるものだし。
(ここはそういうシナリオ想定で書いていたが、
ラストがああなったから、
書き直しきれなかったのだろうか?)
ここさえうまくいってれば、
もう少し乗れたと思う。
主人公から気持ちが外れたところは、
ここくらいか。

あとはノマドをどう落とすか、
という話になってて、
なかなかよかったね。
ラストのヴァルハラでの再会は、
ご都合とはいえ美しくてよかったなあ。
脱出ポッドの扉があかない、
というシークエンスで、
妻のロボットがよみがえって開けるんじゃないか、
というのを期待していたが、
まさか再会して幸せなキスで天国という伏線回収かー、
というのに感心した。

でも結局、ミッドポイントのチベット風寺院での、
植物人間からの電源切りが無理があるので、
そこが問題点かなあ。
(3Dホログラムの映像はじゃあなんだったんだよ、ってなるしね。
まああれを見せた将軍たちは悪役だから、
嘘だったのかもしれないが)

それ以外は、
ほぼほぼ主人公に気持ちが寄り添っていて、
焦点がはっきりと決まっていて、
しかも目的がどんどん更新されていく、
とても優秀なシナリオだったと思う。
アルフィーを連れた珍道中もとてもよくて、
同僚が死んで、脳スキャンして30秒だけ会話できるとか、
すさまじいシーンだった。
(もちろんラストヘの伏線だけど)
あのインド人のロボットがアイスクリームの場面でも使われているのが面白かったよね。

にやりとする、
こうした名場面が連続しているにも関わらず、
結局、
我々に突き付けられるのは、
「じゃあ、トータルでこれは何?」
なことを確認されたい。
部分部分はとてもよくできている。
なのにあとに何も残らないのはなんでやろ?

AIへの単純な嫌悪が取れましたね、
なのかなあ。
ネアンデルタール人の挿話が面白かっただけに、
我々(白人)は、絶滅させるしか手段がないのだろうか?
という自分たちへの問いだったのかねえ。



あとやっぱり「頭で考えた話」だなあ、
と思えるのは、
あんなに埃っぽくて雨が降るアジアで、
すぐに機械にいろいろ挟まって錆びるやろ、
という突っ込みかな。
空調の効いているオフィスでつくられたCGに過ぎないなあ、
なんてもやもやしながら見ていた。
電磁膜があり、ダストは跳ね返すとか、
そういうちょっとした設定があるだけで、
そこは安心して見れたのだがなあ。

あのカメラのオートフォーカスのような、
ウィンウィンいうモーター音は、
ロボットの象徴音としてはよかったけど、
油差すメンテは絶対いるし、
暑かったり寒かったり、
湿度が高かったりしたらアウトだよなあ、
なんて思っていた。
日本車はものすごい丈夫だから大丈夫、
みたいなことでもなかったしね。
(中国人のおばちゃんがつくってたから、
謎のアジア人がつくるものに対しての信仰はありそうだけど)

もちろんこうした矛盾というか無理は、
脚本部分ではなくて、
もっと以前の世界設定の部分ではあるが、
それを補うアイデアを、
脚本上で出せなかったのはちょっと不備があるな。
「ここの工場でつくるものは過酷な環境に耐える。
かつて日本車そうやってつくられていたように」
なんてセリフが一言あるだけで、
そういうものか、と納得するだろうしね。

あとは彼らの動力はかなり気になるね。
飯食ってるわけじゃないし、ソーラーで動いているわけじゃないし、
バッテリー交換や充電のシーンもなかったし、
そこはもう少しわかりやすくしてもよかったのでは。

つまり、
なんかまだ「頭の中で考えたもの」どまりで、
「そこに存在しているもの」にはなっていない感覚があったんだよね。
そのファンタジー度合いに、
あの天国でのキスはちょうどよかったのかもだけどね。

ノマドのブルーライトのスキャンがめっちゃ怖くてとても良かっただけに、
もう少し詰められなかったのか、
と惜しい作品でした。


でもSFって、
CG全盛の今、
映画でやらなくてもいいのかもしれないね。
ゲームとか、なんならAIイラストだけで充足してしまっているのかもしれない。

かつてSFの絵は映画だけのものだったが、
今やAIでも描けるから、
ありがたみが薄れている。
ということは、
SF映画って成立しないのかもなあ、
なんて思いながら見ていたことよ。


それとは別に、
焦点のつながり、ターニングポイントの密な感覚は、
脚本的に勉強になるね。
posted by おおおかとしひこ at 17:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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