そもそもなんでサブプロットが必要なんだろう?
必ずしも必要というわけではない。
ただ、
メインプロット一本の話って、
単純で飽きてしまうことが多い。
30秒くらいならメインプロット一本でも構わない。
ただ3分くらいでも、
複数のプロットを持ち込むことが可能だ。
5分だと一本を追いかけるだけじゃ退屈するかもね。
15分では、
サブプロットが1本以上ないなんてあり得ないだろう。
メインプロット一本勝負は、
単純で先が見えてしまう。
そしてそんなに複雑化できない。
よほど難しい問題でないかぎり、
アレとアレとアレをこうすれば片付く、
などの段取りが、
比較的見えるからだ。
その予定通りに進行しているストーリーは、
キャラがどんなに魅力的でも、
退屈なストーリーに違いない。
予定調和になっちゃうわけだ。
ところが、
サブプロットの存在によって、
これが複雑になり、
容易に先が読めないものになる。
サブプロットが一本増えるだけで、
焦点が二つになるからだ。
これを、ストーリーが複線化した、
と捉えることができよう。
あらかじめ引く伏線じゃなくて、
鉄道の複線のほうね。
一本道ではなくて、
二つ(以上)のストーリーが別々に同時進行して、
なんなら入れ替わったり、合流したり、
分裂するってわけ。
焦点は少なくとも二つになるから、
単一焦点よりも複雑になり、
目移りして、先を読めないドキドキになるわけ。
昔体育のときに、
教師がたわむれでダブルボールサッカー
(ボールが二つあるサッカーで、
同時進行する)をやらせたことがあるんだけど、
急に忙しくなって面白かった記憶がある。
厳密なルール適用を考えてない、
お遊びだったけど、
「焦点が二つ同時進行する」というのは、
人間が二つを同時に見れない機構上、
相当注視力、予測力が必要だったなあ。
ストーリーの複線化とは、
こんなイメージだ。
急に複線化することで、
やらなきゃならないことが増えて忙しくなる。
しかも別々のことではなくて、
メインプロットAのためにサブプロットBの成果が必要であるとか、
サブプロットBの成否によってメインプロットAの流れが影響するとか、
メインプロットの結果によってサブプロットBが駄目になるとか、
互いに結果が影響すると面白くなるわけだ。
こうした、
「複線をさばく」ことが、
短編以上のストーリーでは重要になってくる。
僕が短編を沢山書けとうるさくいうのは、
このためだ。
短編を沢山書いたら、
もっと長いものも書きたくなるだろう。
そのとき、
メインプロットを引き伸ばして面白くすることは難しい。
だから複線化するわけ。
そのとき、
そのサブプロットは短編なんよね。
つまり、
長編=長い長い引き伸ばしたメインプロット
ではなくて、
長編=何本もの短編の同時進行、
そしてそれらが絡み合う
が正しい認識だ。
その、サブプロット一つ一つが、
別々の短編でありながら、
本編に絡むわけだ。
(サブ同士で絡んでもいいよ)
短編がまずオチまで書けないと、
これらを同時にさばく能力はつかないだろうね。
どれも中途半端に終わらなくなるだろうからね。
(興味深いサブプロットを沢山はじめたが、
どれもうまく完結しなかった映画に、
「マルホランドドライブ」がある。
公開当時は深読み勢が色々言ってたけど、
僕から見たら、
「完結してないサブプロットだらけで、
諦めたやつやん」としか見えなかった)
短編をうまくサゲられる力があると、
どれをどう落とそうかなと思いながら、
複線化したストーリーをさばきながら、
メインプロットを進行させられるだろう。
それが出来て、
ようやく長編のスタートラインだね。
2024年01月19日
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