そうならないとおかしい、という話。
リライトをしていく上で、
どんどん足していくことはしたくなるものだ。
説明が足りていない、ということに気づいたりして、
どんどん描写を足していくことはありがちだ。
だけど、
そのために、第一稿で持っていたテンポ感や、
シンプルだった分りやすさが減っていくことはよくあることだ。
しかし、それで足りないから足していったわけでもある。
煮込み料理を考える。
煮込んでいるうちに、
体積が減って来るものである。
それぞれの材料がなじみ、
うまく混ざることで体積が減る。
(具体的には水分が中にしみこみ、
余計な水分が蒸発する)
こうなるのが理想だ。
つまり、ただ単に分量が増えるリライトは、
まだ材料がなじんでいなくて、
鍋にぶち込んだだけになっているわけ。
そうじゃなくて、
そこからさらに煮込む、
つまり、
要らない所をカットしたり、
重複しているところを省略したり、
順番を変えることで省略できることに気づいたり、
省略するほうがむしろ豊かになることに気づいて減らすと、
どんどん分量は減っていく。
なので、
理想のリライトとは、
第一稿に足りないものを足していく段階があり、
それが減っていく段階がある、
これ以上増やしてもしょうがない、
これ以上減らしてもしょうがない、
どちらにせよ冗長である、
と判断できたときが、煮込みの完成、
ということだね。
煮込み過ぎたらまずくなる。
煮込みが足りなくてもまずい。
そのいい塩梅を見極めるには、
何度か失敗しないと難しいだろう。
リライトのバージョンを全部違うファイルに取っておくことをお勧めする。
どこかのバージョンで、あれがあったほうが良かったとか、
あれがない方が良かったとか、
色々俯瞰して気づくこともあるからね。
あるバージョンで考えていたことは、
あとになって忘れていることが多いので、
見返すためにも、全バージョンは、
俯瞰できるように取っておくとよい。
「今完成」と見極めることは難しいが、
慣れてくると、だいたいここらへんかな、
は分るようになってくる。
それは、素材がもたらす限界が、
なんとなくわかって来るからだね。
「これだけの材料を鍋にいれて、
こういう調理をすれば、
マックスここまでは行く」を、
料理人なら見極められるだろう。
そういうことだと思う。
2024年02月10日
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