2024年04月07日

上位存在という幻影

神や仏もそうだろう。
SFでよく出てくる上位存在もそうだろう。
高次元の何かとかもそうだ。
あるいは、
年上男性が好きとか、
とても優秀なリーダーが我が社を引っ張ってほしいとか、
そういう願望も含む。

それって、
「幼少の頃に見た親の記憶」なんじゃね?


なぜ人間が、
等しく、巨人族の伝説をもっているのか?
等しく、巨大な怪物に追いかけられる夢を見るのか?

これに対して、
かつて子供だった頃の幻影を、
大人になって見てるだけでは?
という説を出してみたことがある。

子供の頃は大人は巨人で、
上位存在であった。
子供の頃の犬猫は巨大で、
追いかけられた人は恐怖のトラウマがあろう。
犬猫だけでなく大人や上級生に追いかけられたかも知れない。

いずれにせよ、
人間の尺1.7m前後よりも、
圧倒的に巨大な巨人(5mとか10mとか?)や、
巨大な怪物は、
その頃の記憶を無意識で覚えていて、
それをなんとなく具象化したら、
大人よりも遥かな巨人という伝説になったのでは?
などと仮説を出してみた。

ゴジラはそうしたものが具現化したものでは?
仏や神やタイタン族が人よりも大きな理由も、
同じでは?

で、具体的な像を結ばないが、
形をもたない「上位存在」も、
その一環では?
というのが今回記事。

身も蓋もないが、そういうことでは?
などと考えた。
形がないことから、
お腹の中にいた時の記憶かもしれないがね。


上位存在が私たちをつくったのだが、
いつからか私たちは見捨てられて、
この地獄のような地球で頑張らないといけない。
しかし良い行いをしていたら、
その上位存在が見ていてくれて、
常春の国へ導いてくれる、
などのような考え方は、
完全に幼児と親の関係じゃんね。

また、
神の図像が、上半身のみで下半身があまりなく、
あったとしても地平線に埋まってて、
立体的にはおかしなことになってることについても、
議論した。
(たとえばがしゃどくろの絵は、
骨盤から下は地面に埋まってんのか?って感じ。
仮に土手だったとしても、崖並みの高低差がないと、
がしゃどくろは立てないよね)
それもおっぱいを得ていた乳児目線の無意識下の記憶を、
大人になってから無意識で図像化してるだけでは?と。


宇宙意識バシャールとか、
火星人が夢に出てきてなんとかとか、
そういう「上位存在」が、
そうした無意識の記憶にすぎないとしたら、
なんという夢のないことよ。
でも一番ありそうだなと思ってしまった。

神はいない。
神とは所詮幼少期の全能親の無意識の記憶なのだ。
と言ってしまうと怒られる?

神はなぜつくられたか?
神を作ったのは誰か?
上位存在が宇宙をつくったのなら、
なぜ上位存在はうまれたのか?
などのような、
無限ループの問いが存在しにくいのは、
幼児が親の親を想像しにくいことに、
似ているのではなかろうか。


日本人は、
それらをまとめて、おてんとさまとか、
ご先祖様などのように、まとめてしまった。
すげえ民族だな。単複同型なんだよな。


「わたしをつくった存在に会いに行く」
ってSFは昔よくあったような気がするけど、
会って殺して終わりなのよね。
それって完全にエディプスコンプレックス
(父殺し)やんけ、
なんて思ってたけど、
同じことかもしれない。


宗教とは、
大人の心の中に残るそうした無意識を利用して、
それに「神」と名付けて、
幼児のような絶対帰依をもとめる組織、
というと言い過ぎかね?

なぜ我々は共通して、神の存在を直観的に理解できるのか?
という問いには、
「みんな幼少期にでっかい親に育てられたから」が、
答えなんじゃね?
posted by おおおかとしひこ at 11:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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