神や仏もそうだろう。
SFでよく出てくる上位存在もそうだろう。
高次元の何かとかもそうだ。
あるいは、
年上男性が好きとか、
とても優秀なリーダーが我が社を引っ張ってほしいとか、
そういう願望も含む。
それって、
「幼少の頃に見た親の記憶」なんじゃね?
なぜ人間が、
等しく、巨人族の伝説をもっているのか?
等しく、巨大な怪物に追いかけられる夢を見るのか?
これに対して、
かつて子供だった頃の幻影を、
大人になって見てるだけでは?
という説を出してみたことがある。
子供の頃は大人は巨人で、
上位存在であった。
子供の頃の犬猫は巨大で、
追いかけられた人は恐怖のトラウマがあろう。
犬猫だけでなく大人や上級生に追いかけられたかも知れない。
いずれにせよ、
人間の尺1.7m前後よりも、
圧倒的に巨大な巨人(5mとか10mとか?)や、
巨大な怪物は、
その頃の記憶を無意識で覚えていて、
それをなんとなく具象化したら、
大人よりも遥かな巨人という伝説になったのでは?
などと仮説を出してみた。
ゴジラはそうしたものが具現化したものでは?
仏や神やタイタン族が人よりも大きな理由も、
同じでは?
で、具体的な像を結ばないが、
形をもたない「上位存在」も、
その一環では?
というのが今回記事。
身も蓋もないが、そういうことでは?
などと考えた。
形がないことから、
お腹の中にいた時の記憶かもしれないがね。
上位存在が私たちをつくったのだが、
いつからか私たちは見捨てられて、
この地獄のような地球で頑張らないといけない。
しかし良い行いをしていたら、
その上位存在が見ていてくれて、
常春の国へ導いてくれる、
などのような考え方は、
完全に幼児と親の関係じゃんね。
また、
神の図像が、上半身のみで下半身があまりなく、
あったとしても地平線に埋まってて、
立体的にはおかしなことになってることについても、
議論した。
(たとえばがしゃどくろの絵は、
骨盤から下は地面に埋まってんのか?って感じ。
仮に土手だったとしても、崖並みの高低差がないと、
がしゃどくろは立てないよね)
それもおっぱいを得ていた乳児目線の無意識下の記憶を、
大人になってから無意識で図像化してるだけでは?と。
宇宙意識バシャールとか、
火星人が夢に出てきてなんとかとか、
そういう「上位存在」が、
そうした無意識の記憶にすぎないとしたら、
なんという夢のないことよ。
でも一番ありそうだなと思ってしまった。
神はいない。
神とは所詮幼少期の全能親の無意識の記憶なのだ。
と言ってしまうと怒られる?
神はなぜつくられたか?
神を作ったのは誰か?
上位存在が宇宙をつくったのなら、
なぜ上位存在はうまれたのか?
などのような、
無限ループの問いが存在しにくいのは、
幼児が親の親を想像しにくいことに、
似ているのではなかろうか。
日本人は、
それらをまとめて、おてんとさまとか、
ご先祖様などのように、まとめてしまった。
すげえ民族だな。単複同型なんだよな。
「わたしをつくった存在に会いに行く」
ってSFは昔よくあったような気がするけど、
会って殺して終わりなのよね。
それって完全にエディプスコンプレックス
(父殺し)やんけ、
なんて思ってたけど、
同じことかもしれない。
宗教とは、
大人の心の中に残るそうした無意識を利用して、
それに「神」と名付けて、
幼児のような絶対帰依をもとめる組織、
というと言い過ぎかね?
なぜ我々は共通して、神の存在を直観的に理解できるのか?
という問いには、
「みんな幼少期にでっかい親に育てられたから」が、
答えなんじゃね?
2024年04月07日
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