なぜ忖度するのか。怖いからじゃないか。
なぜ自信がないのか。怖いからじゃないか。
なぜ相手を威圧したりマウント取るのか。怖いからじゃないか。
人の行動や判断の動機や基準に、
恐怖を入れると分かりやすくなる。
自分でできなさそうだから怖い。
何か言われたら怖いからやめておく。
完璧に仕上げるのは、突っ込まれたら怖いから。
相手を脅すのは、喧嘩の芽を先に摘むため。
やり返せないと分っているから、
怖いんじゃないか。
自信がないから怖いんじゃないか。
なぜなら、どうとでもなるとか、
なんとかなる、と思っている人は、
あまり怖がらない。
どうしよう、と思う人が怖いんだよな。
よく仕事で、「〇〇になったらどうするんですか」って言われるんだけど、
「じゃあその時に考えればいいんじゃないの?
だってどういう理由で〇〇になるかで対処が変るじゃないか」
と僕は構えているんだけど、
やたら心配する人が多くて萎えることはある。
つまりそれは、やれる人とやれない人の間にある齟齬なんじゃないか、
って思ったのよね。
動機が恐怖の人と、動機がおもろいもんつくったろ、
シェアしたろ、という人では、
コミュニケーションに断絶があるような気がする。
人間関係が恐怖に支配されている人は、
他人を恐怖で縛るような気がする。
人間関係に自信がない人は、
恐怖で生きてて、気を使っている気がする。
僕は気を使わないタイプで、
おもろいもんを一緒にやろうぜ、
という男子校のノリでやっているので、
恐怖で生きている人の気持ちがたまに分らなくなる。
そういう齟齬をうまく物語に落とし込めるとおもしろいよね。
何かの行動の裏に恐怖があるか。
恐怖ゆえのマウントか。
恐怖がない人がやることは。
どういう判断基準なのか。
コンフリクトは違う人の間で起こる。
そういうものを描けると面白いかもなあ、
なんてふと思った。
現実にはむかつくだけなんだけど。
2024年11月19日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

