2024年11月18日

【薙刀式】「叩く」って感覚は初めて聞いた

Twitterから。
> 他の方の指摘もありますが、かな入力勢はローマ字入力なんか『出来て当然』なんすよ…。 自分もですが、かな入力してる人でも英文字はQWERTY配列直接叩きます。つまりローマ字も打てるんすよ。 ワープロ普及初期の人達は『親指シフトとか市販のキー配列全部叩けりゃええんやろ?』のガチ勢多いです。

qwertyを叩く、という言い方は初めて聞いたが、
こういう感覚なのかー、と思う。
僕の感覚とは全然違うな。


ペンで書く感覚を叩くとは言わない。
ノックするのも叩くとは言わない。
叩くのは結構力を込めたものだ。
丁寧でもないだろう。
結構荒っぽいんじゃないか。

僕はキーボードにそういう意識を持っていない。
いや、正確にいうと、配列を意識したり、
キーボードは文房具だろ、と思う前は、
叩く意識だったかもしれない(記憶にない)。
ピアノのもっと乱暴に扱う道具、みたいに、
ただ叩いて刻印していたのかもしれない。

だけど、
一旦キーボードが文房具だと思ったら、
叩いて表現をするわけがないと思った。
だから、叩くようなキーボードの打ち方や、
配列に、強烈な違和感を持ったのだろう。

僕が薙刀式を使うとき、
薙刀式を叩く意識では使っていない。
なんだろ。
撫でる、線を引く(drawかな)、筆を走らせる、
という意識が強い。
繋ぐ、かもしれない。
「僕はキーボードを打つ」でも「叩く」でもなく、
「僕はキーボードで(書くべき線を)つなぐ」という意識が強い。
そんな動詞の使い方はないんだが。

中国武術では、
剣の達人は書の達人という定番がある。
剣先で繊細に動かすやり方が、
筆の繊細な動かし方にイメージされるのだろう。
そんなイメージだな。
キーボードを叩くのではなく、
筆の軌跡、切っ先の軌跡を、
順番になぞっている感覚のほうが大きい。

思考は線であり、日本語も膠着語という線を描く。
あるものをつなげて、流暢につなげていく感覚だ。
だからやっぱり「剣先で撫でる、線を描く」というのが、
薙刀式を使っているときの感覚だね。

それを「叩く」とは、
ずいぶん荒っぽいなあと思ったんだよね。


ほとんどの人の感覚はそうなんだろうか。
あんまり聞いたことがないから、
特殊な感覚なのだろうか。
でもキーボードを撫でるとか、
打鍵で線を描くというのも聞いたことがないから、
それもメジャーな感覚ではないのかもしれない。

キーボードメーカーはどちらの感覚なのだろう。
叩く、押す、などの意識が強そうな気がする。
撫でる、つなげる、線を引く、
という意識でつくられたキーボードもない気がする。
そして、qwertyという動線のめちゃくちゃも、
ただ叩いているだけのような、
傍若無人さがある。


僕がこれだけキーボード入力について色んな事を考えて、
しかも配列つくったりキーボードを魔改造しているのも、
撫でるキーボード、線を引くように扱うキーボードが、
欲しいからだろう。
手の内が、「ものを書く感覚」になれるような、
そういう物理道具がほしいからだろう。

だから、動きそのもの(薙刀式)や、
動きを促しやすい物理構造(軽いスイッチ、打鍵感、
そして丸い手の動きに合わせたドームキーキャップ)
をつくっているのは、
「叩くキーボード」を否定しているわけだな。

僕が左右交互打鍵に最初に惹かれたのは合理性からだが、
今は左右交互打鍵を離れてアルペジオ中心なのも、
「線を引く」ことを考えているからだ。


自作キーボードイベントで、色んな人と話すけど、
キーボードを叩くものだ、
と思っている人もいるのだろう。
そういう人はだいぶ話が合わない。
合わないけどそれでよくて、
世の中には違う価値観で動いている人がいることを認識すれば、
それで会って話をした価値はあると思う。

叩く、打つ、押す、
撫でる、線を引く、つなぐ。
キーボードはどうするのが、個人の中で正解なのだろう。
叩く、打つのにしか物理は対応していないし、
論理配列もそれを前提としている気がする。


もっと異なる原理の物理キーボードと論理配列があってもいいと思う。
文房具の多様性は、
考えの多様性と比例すると思う。
posted by おおおかとしひこ at 11:17| Comment(10) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分もかな(新下駄)や非QWERTYの英字配列(Arensito)の時は手首をつけて最低限の力で優しく打つ感じですが、QWERTYを打つ時だけは手が飛び跳ねる感じで手首も浮き気味ですね。配列の特性で自然に打ち方が変わるんでしょうか。
Posted by 焙じ茶 at 2024年11月18日 12:57
>焙じ茶さん

おっ、新下駄+Arensito使いとは珍しい。
qwertyは各指にGPSつけたら、
おそらく一番動いてるんじゃないですかねえ。

単に移動距離を計算することは機械的にできそうですが、
たとえばqwertyのIを打った後のUは手を動かさなくて済むので、
あるキーを打った後手を動かさないみたいな要素ごと計算しないといけない気がしてます。

で、物理の動きでいうと、
ストップアンドゴーが加減速で一番エネルギーを食うので、
滑らかな曲線を描こうとして、
手があちらこちらに振り回される感覚になるのでは、
と想像しています。
Posted by おおおかとしひこ at 2024年11月18日 13:19
QWERTYのその振り回される感覚が、私にとっては案外楽しかったりします。
音ゲー的な感覚かも知れませんね。
それで長文を打つ気にはなれませんが。
Posted by 焙じ茶 at 2024年11月18日 14:26
>焙じ茶さん

「できた気になってたのしい」
というのはお遊戯に通ずると思うんです。
まあ、楽しい人はたくさん踊って、って思うけど…
Posted by おおおかとしひこ at 2024年11月18日 15:24
Posted by あす at 2024年11月19日 09:00
>あすさん

面白い結果ですね。
僕は打つでもなく叩くでもない派だから、
結局違和感を感じてしまう。w

これに適当なしっくりくる動詞が発見されれば、
打鍵方法は変わるかもしれない。認識は言葉ですからね。
Posted by おおおかとしひこ at 2024年11月19日 11:39
自分の感覚だと、指を「転がす」感じですかね。脚の力を抜いて階段を降りていく時のような。
Posted by 焙じ茶 at 2024年11月19日 12:53
>焙じ茶さん

新下駄の単打とかは、なんとなくわかります。
同時打鍵を力を抜ければ、転がす感覚もあるか。
Posted by おおおかとしひこ at 2024年11月19日 13:31
「特殊な感覚」というより「古い言い回し」なんだと思います
タイプライター時代は、本当に叩く必要があったらしいので、その名残なのでしょう。

「このとき、ピアノの鍵盤を強く弾けば大きな音、弱く弾けば小さな音が出るのと同じ理屈で、例えばタイプライターのキーを叩くのが弱いとタイプバーがリボン経由で用紙に当たる力が小さく、印字が薄かったり印字されないことがある。
この手動式のタイプライターで綺麗な印字結果を出すのはすべてのキーをある程度均一な力で叩かなければならないわけだ。押してはダメで叩かなければならないからそれには力が必要なのだ。」
https://appletechlab.jp/blog-entry-1805.html



以下余談です

ITの世界では、プログラムを起動することを、プログラムを「叩く」、とよく言います。プログラムを起動するためにキーボードを「叩く」ことが由来だそうです。
https://wa3.i-3-i.info/word12338.html


動作としてはほぼ同じであろう電卓も、電卓を叩く、という表現が一般的らしいです
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1317817513


Posted by あす at 2024年11月20日 03:33
>あすさん

まあおそらく機械的事情からそういう言い回しなのは想像できますが、
食べる意味で「めしをたたく」とはいわないし、
演奏の意味で「ピアノをたたく」ともいわないし、
執筆の意味で「原稿用紙をたたく」ともいわないわけです。

なのにキーボードの執筆を叩くというのは、
ずいぶん粗雑な内容をお書きで、と思うわけですよ。
緻密で繊細な内容をキーボードで書いてないなと。
なのに「叩く」という人はそれなりの言葉の感性なのかなと。
「打つ」の自虐表現ならわからなくもないけど、

打つ、叩く以外に、いい意味の言葉をキーボードで発明できなかったのは、
人類の損失だなと思うわけです。
万年筆を滑らせる、くらいの表現が生まれる格の道具なのに。

日本刀くらいかなあ、叩くでいい意味になるのは。
Posted by おおおかとしひこ at 2024年11月20日 08:21
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