2025年03月02日

なんでこれをやんなきゃいけないんだっけ?

特に後半、これを再確認するフェーズが必要なことがある。


前半はわりと、
「これはこのために必要である」
「こうしないとこうなってしまう」などの要請がはっきりしていることが多く、
今主人公たちやライバルたちが行動しているのは、
〇〇のためである、などと観客も作者も明瞭に理解していることが多い。

しかし、ミッドポイントを超えて、
ストーリーが一直線から混迷に入ると、
今やっていることは何のためになるんだっけ、
最終的なゴールは何で、
これはそのために必要なんだっけ、
そもそも何がゴールまでに必要なんだっけ、
ということがよく分からなくなることがある。

それは、キャラクターが立ってきて、
自動的に動いていくことが多くなることと、
表裏一体な気がする。

つまり、
勝手に動いてしまうがために、
全体の見取り図というか、俯瞰的な視点が、
見失いがちということだ。

だからたまに、
これはこのようなことで必要があり、
これをしなくてこれをする理由はこうである、
これは最終的にこれにつながっているのだ、
というのを確認するフェーズが、
必要になるかもしれない。

なくても分るか、ないほうがよいのか、
あったほうがよいのか、あるべきなのか、
それぞれストーリーに応じて異なるので、
原則はない。
だが、
あるべき時にないと、分からなくなるぜ、
という話である。

あれ、なんでこいつこんなことに必死になっているのは、
なんでだっけ、
とたまに作者でも思うことがある。
それを整理しなおすシーンはあるべきか、
それを入れるとテンポが崩れるのか、などは、
一度立ち止まって判断するとよいだろう。

逆にやる気がだれてきたやつが、
これさえやれば終われる、
と条件が明らかになった瞬間、
息を吹き返すこともある。


後半、
基本的にそれらを大まとめにして、
「あと〇〇をやれば、すべての目的は果たされる」
というシーンがある。
それが第二ターニングポイントである。
一つに絞られるわけだ。

それまでは小さな紆余曲折があるだろう。
そのたびに目的や全体を確認する必要はないが、
あるべき時はやっておこう。

第二ターニングポイントに来て、
急に「そうだったんだっけ?」となるのは、
それまでのつくりが出来ていない証拠である。
posted by おおおかとしひこ at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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