特に後半、これを再確認するフェーズが必要なことがある。
前半はわりと、
「これはこのために必要である」
「こうしないとこうなってしまう」などの要請がはっきりしていることが多く、
今主人公たちやライバルたちが行動しているのは、
〇〇のためである、などと観客も作者も明瞭に理解していることが多い。
しかし、ミッドポイントを超えて、
ストーリーが一直線から混迷に入ると、
今やっていることは何のためになるんだっけ、
最終的なゴールは何で、
これはそのために必要なんだっけ、
そもそも何がゴールまでに必要なんだっけ、
ということがよく分からなくなることがある。
それは、キャラクターが立ってきて、
自動的に動いていくことが多くなることと、
表裏一体な気がする。
つまり、
勝手に動いてしまうがために、
全体の見取り図というか、俯瞰的な視点が、
見失いがちということだ。
だからたまに、
これはこのようなことで必要があり、
これをしなくてこれをする理由はこうである、
これは最終的にこれにつながっているのだ、
というのを確認するフェーズが、
必要になるかもしれない。
なくても分るか、ないほうがよいのか、
あったほうがよいのか、あるべきなのか、
それぞれストーリーに応じて異なるので、
原則はない。
だが、
あるべき時にないと、分からなくなるぜ、
という話である。
あれ、なんでこいつこんなことに必死になっているのは、
なんでだっけ、
とたまに作者でも思うことがある。
それを整理しなおすシーンはあるべきか、
それを入れるとテンポが崩れるのか、などは、
一度立ち止まって判断するとよいだろう。
逆にやる気がだれてきたやつが、
これさえやれば終われる、
と条件が明らかになった瞬間、
息を吹き返すこともある。
後半、
基本的にそれらを大まとめにして、
「あと〇〇をやれば、すべての目的は果たされる」
というシーンがある。
それが第二ターニングポイントである。
一つに絞られるわけだ。
それまでは小さな紆余曲折があるだろう。
そのたびに目的や全体を確認する必要はないが、
あるべき時はやっておこう。
第二ターニングポイントに来て、
急に「そうだったんだっけ?」となるのは、
それまでのつくりが出来ていない証拠である。
2025年03月02日
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