2025年03月22日

設定はあとで変えてもよい

ストーリーの都合上、最初に設定したことを変更してもよい。
あとで全体が首尾一貫するように書き直せばいいだけのことだ。


オリジナルでは当たり前のこれが、
原作つきでは出来ないことになる。
厄介な枷になるわけ。

そもそも設定とは、ストーリーのためにある。
ストーリーに必要なものを逆算して、
先に置いておくためのものが設定といってもいい。

つまり設定とは伏線でなければならない。
そして、使われない伏線は意味がないのと同様、
使われない設定は意味がないので、
省略しても構わない。
伏線は機能するものだけを残して、
そぎ落としていくものだ。

もしあとで追加設定が必要になるならば、
それも込みで全体を書き直す必要が出てくる。
それはそれでリライトの時にやるか、
第一稿を書きながら、直しながらやってもよい。

原作つきが厄介なのは、
これが出来ないことだ。
原作の設定を壊さないように、
ストーリーを考えないといけないのだ。
使わない設定は切るのか、
原作にあるから残すのか、
毎度選択しなければならない。
原作ものにいらない設定が追加されたり、
原作にある設定が消えているのは、
こうした調整の結果であろう。
それをしないではストーリーが成立しなかったから、
そうなっていることが多い。
(実のところ、必ずしも必要だっかものだけがあるとは限らないが)

まあ、この際原作つきはどうでもいいだろう。
まずはオリジナルが書けるようになることだ。


ストーリーの伏線が得意な人は、
設定もうまいということだ。

設定は決して「観客を引き込むだけの魅力的な内容」というわけではないのだ。
それであると同時に、
「あとで使うものの伏線になっている」ということが必要なのだ。
つまり、
設定には二重性がある。

伏線だけだと魅力ある設定にはならないし、
伏線になっていない設定は、ある意味がない。

魅力的なヒキであり、
かつ伏線になっていることが大事だ。


このように設定を組んでいるだろうか?
「とりあえず魅力的な設定だけ考えて、
あとで考えよう」ってなっていないだろうか。
あるいは、
「あとで使うからとりあえずこの設定だけしておいて、
魅力的にそれが輝く場面はあとで考えよう」
となっていないか?
どちらも間違いである。
ヒキになりえるだけの魅力的な設定の場面と、
それをあとで使う場面は、
表裏一体なのだ。
ペアとしてそれを考えないかぎり、
物語における設定など考えてはいけないのだ。


初心者ほど、
設定をつくって、それで満足して次をつくらないことが多い。
中二ノートなど、
設定だけであふれていることだろう。
その伏線を全部使った物語は、
膨大すぎて物語のていをなさないだろう。

その魅力的なひとつだけ使って、
それを伏線としたミニストーリーを作ってみるといいよ。
設定と伏線の使い方が分ると思う。

そして、使わない設定は作らない、
という原則を勉強するといいだろう。


壁にかけた斧はあとで必ず使われるのだ。

使われないなら斧は余計な情報になるので削るべきだ。
削ることで、ストーリーに集中できるようになり、
より前進力が増すことになるだろう。
posted by おおおかとしひこ at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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