「はやい」には早速の使い分けがあるのに、遅いは両対応、なぜか?
という問いに対する図書館の調べ物がおもしろい。
https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000352240&page=ref_view
速い⇔遅い(おそい)
早い⇔晩い(おそい)
という対応があったのに(晩春、晩年、早晩などの晩の使い方)、
「おそい」は「遅い」に統一された明確な証拠を探す話。
すごいのは、調べ方が書いてあること。
これ、「調べ方」そのものの勉強法になるよな。
惜しいのは、ほぼ初手の、
> 『常用漢字コアイメージ辞典』(加納喜光著 中央公論新社 2011)
> p913-914「晩」の項に「訓―くれる・おそい」とあり。
「晩」と「おそい」を結びつける考えがわからないこと。
晩春、晩年、早晩あたりを連想して、
「晩におそいの意味があるのでは」と、
気づければあとは流れで辿り着けそうだが、
気づけなかったら無理ゲーじゃね?
実のところ、そこが分水嶺ではなかろうか。
速い、早いと、遅い、遅いかー。
遅速はあるが、遅早はないよなー。
早晩はある。おや、晩年、晩春とかもあるじゃん。
晩と早が対応するのでは?
のルートに入れればいけるぞ、
という「考え方」を知らないと無理じゃね?
件の記事は、具体的なページを調べる方法を記載されているが、
実はその前段階のほうが100倍重要だよな。
ここからあとは専門家に頼ればいいわけで。
つまり、
「速い、早いの使い分けに対して、
遅いしかない。ところが早晩のように、
晩には遅いの意味もある。
『遅い』しかなくなったのか、『晩』はすたれたのか、
その辺を知りたい」と、
問いを進化させることができるのだ。
そもそも最初の質問を見た時に、
「なんでやろ?」で済まさずに、
「そうなのか?」と思うことが大事だと思う。
「晩い」を知らなくても、
晩にたどりつければ調べることはできる。
速度、速攻、快速、拙速、遅速、高速、低速、速力、
早春、早出、早稲田、早手紙、最早、早馬、
などの例を見ると、
速いという考え方は漢語的で、
早いという考え方は和語的だとも見えるね。
ということは、和語で考えるのだ。
はやい、おそいを原始的な日本で考えればよい。
時間のことだから、自然と時間を考えるわけ。
そのうち、あさとばん、あさとゆうに辿り着ける。
あかつきとあかね、よあけとひぐれ、などでも。
あさきゆめみし、は浅い夢と朝に見る夢がかかっていて、
幻のようなものという意味がある。
あさとばんかー、まで行ければ正解ルート。
ちなみに僕は朝と夕ルートに行ってしまって、
んー、「夕い」はないよなー、などと迷路にハマった。笑
でも、
早のつく熟語の反対語を考えて、
晩春、晩年、
あるいは真逆の言葉の組み合わせ、早晩、
で晩にたどり着くことは、
可能といえば可能だね。
こうした「考え」を言語化することは難しい。
ほんとうはここを書いて欲しいよね。
つまり、
「一直線の正解ルート」を書くことが考えを示すことではない。
間違ったルートに入ったが、それは違ってて、
正解に気づくには○○が必要だったのだ、
という情報の方が、
よっぽど有用なんよね。
実は調べ物は、「ああでもないこうでもない」の時間のほうが、
よっぽど長い。
それでも何かに気づけばルートはある。
そういう経験を積むことだ。
2025年03月01日
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