創作とは0から1をつくることだ。
1を100にすることではない。
もちろん、0から100を作れればいいが、
0から1をつくり、微調整して2か3までたどり着くのが、
現実の創作であろう。
それがよくわかる例。
https://x.com/karaage_rutsubo/status/1896298990188257787
これの0→1は、
「人も出とるやんけ」
という部分である。
そう言われれば、
「たしかに。じゃあヨシ!」としてしまう面白さだ。
それに対しての民たちのリアクションがひどい。
実はヘルメットは機能してなくて穴が空いてるはずだとか、
耳を伏せればいいのだとか、
そうすると聞こえなくなるから事故が起こるとか、
1→100の立場からのツッコミばかりしている。
それはツッコミとはいえない。
ツッコミとはボケを輝かせるためにあるのに、
ボケの光を消している。
なぜ0→1を素直にたのしめないのか。
「ヨシ!」と返すのが最も的確なリアクションではないか?
そのような馬鹿馬鹿しさを追求してるのだから。
私たちのつくるものは、
このように必ず1→100の立場からのツッコミをうける。
「それがあるものとして、それには欠点があり…」
というものだ。
まずそれをあらしめるようにせよ。
そっちの方が主な仕事だ。
1→100は左官屋にやってもらいなはれ。
2025年03月03日
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