2025年06月13日

面白さは構成には出ない

という仮説。


脚本の教科書は構成、構成、構成、
あとちょっとキャラクターだ。
それで「書ける」と思わせて終わりな気がする。
でも、「構成が教科書通りになっていること」は、
面白さや名作性を保証しない。
なぜなら、面白さとは構成で決まるわけではないからだ。

構成とは展開の面白さや、
テーマが現代に刺さるとか、
キャラクターの妙とか、
グッとくるセリフとか、
なんという皮肉な場面、という驚きとか、
あまりにも悲劇だ、と思う場面とか、
楽しくてたまらん瞬間とかを、
指定しない。

あくまで「何分にこういう感じのことが起こる」
というだけのことだ。
要するに15分おきにCMが入るよ、
という程度のことしか言っていないと僕は考えている。
そんなん守れて当たり前じゃね?くらいに考えている。

だから、構成が出来なくてひいひい言っている人は、
何かストーリーの根本的なところを勘違いしているのでは?
とすら思う。
こんな構成があり得る、こんな構成もあり得る、
〇〇を〇〇ポイントだと思って尺調整をする、
みたいに構成術は使うのでは?
その程度の定規だぞ、と僕は思っている。


書く前は第一ターニングポイントが〇〇という所だったとしても、
いざ書いてみたら、
違うところが第一ターニングポイントになっていることだってある。
でもその場面で、
センタークエスチョンが暗示できて、
本編がここからいよいよ始まるな、と思えて、
まったく異なるストーリーライン、非日常のはじまりになっているならば、
それは第一ターニングポイントだと思う。

というか、第一ターニングポイントになりえるシーンなんて、
同じ脚本に複数あると思うよ。
それがおおむね25〜30分あたりにあると、
気持ちいいリズムだよね、
ということしかチェックしていないわけだ。
その他もおなじだ。
(ブレイクシュナイダービートシートについても、
高々15個くらいでしょ)

それはストーリーの面白さじゃないよね?
うねるストーリーラインとか、
テーマに感情移入できるかとか、
生れ変るほどの衝撃体験になるかとか、
危険にハラハラできるかとか、
二者択一に身もだえするほど悩むとか、
感動して手が震えるとか、
見たこともない景色を見るとか、
そういうことのほうが大事だよね?

でも、そういうのの書き方ってないんだよ。
ないから、教科書には載っていない。
そういうのを書くのは、思いつき、整理して、
色々なバージョンの中からベストを探せるのは、
才能しかないと思っている。

だから、僕は構成を勉強したり、気にしたりするのは、
所詮初級者レベルだと思っている。
もっと重要な、展開の面白さとかあるだろ、
それを考えるべきだろう、といつも思う。
まあ、そもそも構成がきちんとできていないものが多すぎるから、
初心者レベルで戦争が起こっているに過ぎないのだ。


シドフィールドの三幕構理論やブレイクシュナイダーのビートシートは、
三幕構成でものを書くように勉強している欧米人にとっては、
拡張くらいの感覚だと思う。
しかし、それより異質なストーリー文化で育ってきた、
日本人の伝統スタイルとは異なるがゆえに、
シドフィールドすごい、ハリウッドすごい、
などと崇拝してしまい、
日本人には本来学習されていない、
外国の理論を一から肉体に入れるまで、
時間がかかりすぎているような気がする。

僕の経験的には、たぶん5〜10本くらい、
2時間ものを書けば大体わかることなんだけど、
そこまでたどり着けない人のほうが多いんじゃないか。

僕は、自分なりに試行錯誤することが大事だと思っていて、
まあ何も頼るものがないから、
教科書のいうことを信じるしかない気持ちはよくわかる。
でも「教科書は嘘かもしれない」という態度で、
色々実験してみることが大事だと思うよ。
大岡の言っていることは全部ほんとうとは限らない。
半分以上間違っているかもしれない。
俺の経験によると、なんて所詮狭い経験の範囲のことしか、
言っていないかもしれない。
もっと優れた方法論がある、ということだってあるさ。


それらは、自分で検証するしかないのだ。
教科書に載っていない冒険をしよう。

教科書通りの冒険しかしたことないやつは、モテナイよね。
映画はそういうことだと思う。
posted by おおおかとしひこ at 07:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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