毒を食らわば皿まで。
アムロとシャアの物語の完結編、
リアタイ以来の再見。
そのときと同じことを思った。
これ、「脱出」の剣バトルの続きを、
15分やっただけでしょ?
以下ネタバレ。
アムロとシャアの邂逅は2回。
初手はクエスを攫う時。
2回目はラストバトル。
たったそれだけ。
そして抽象論。
高校生か大学生の議論レベルだった。
結局、「私は信じる」レベルの話。
所詮は人間なんて信用できないシャアの方が主張としては強くて、
それに反論する側のアムロの根拠が弱いので、
見てる方もアムロの勝ちとは思えていない。
Zでニュータイプの話をしてなかったせいか、
ようやくニュータイプの話になると思いきや、
単なる口喧嘩でおしまい。
毎度毎度子供に希望を託す、
同じオチはやめてけれ。
Z以降、世論というか、一般の人々はどう思ってんのかが、
ほとんど描かれていないのが気になった。
ネオジオンのイデオロギーに対して、
地球人はどう考えているのか、
スペースノイドはどう考えているのかが、
よくわからない。
だから、彼らが勝手に思想を戦わせているだけの、
個人戦になってしまった。
なので、彼らの議論が、大学生の下宿みたいになってたんだろう。
シャアの前半での演説を聞いてジークジオンを叫んでた人々は、
どう思ったんだ?
そんなことを描ききれていない。
結局、「認識の拡大、人類の進化」は、
宇宙でしかできないのか?
じゃあ、「一度宇宙にいくべき」と、
ハサウェイ以外も考えなかったのだろうか?
今回も、Z新訳と同じ、
大人の議論の中に、
勝手な子供たちがいるという同工異曲で、
腹が立つ。
俺たちはアムロとシャアの決着を見たい。
なんなら七番勝負だけでもいいんだよ。
全部ノイズになるわ。
シャアの女の籠絡が、
小学生の妄想から高校生の妄想になってたくらいは進化したけど、
もうちょっとなんかあるやろ。
ここでシャアが魅力的な男に描かれてないから、
ずっと上滑りしている。
でね、
この人脚本書くのが下手なんだなって思ったよ。
説明台詞がすごく下手。
状況をわからせるのがすごく下手。
台詞も下手。
ああ、俺が書き直したいくらいだ。
俺が上手いとはいわないけど、
もう少しマシにリライトできるわ。
結局、カツとサラの物語+ララァと同じ、間に女を挟む物語、
というだけなんよな。やってること。
2時間にしては話薄すぎないですか?
富野に人間を描くことはできないんだな。
人間を愛してない気がする。
自分は愛してるのかな。
自分を慕ってくれる女しか好きじゃないんじゃないか。
人間社会をもう少し学んではどうだろう。
アクシズの落下を止めるために、
敵も味方もなくMSで止めるシーンは、
リアタイと同じく鳥肌がたった。
でもそれだけだな。
ファンネル同士のバトルも新味がなくて、
サイコフレームは単なるオーラバトルにしかなってなくて、
幻魔大戦→北斗の拳から進化してないと感じた。
僕らがはじめてモビルスーツのバトルを見て夢中になったような、
その先の何かは、ついに見ることができなかった。
グフの横なぎの剣を沈んでかわし、
下から両手を叩き切るような、
ゾクゾクするバトルを超えるものは、
Z以降どこにもなかったね。
戦場に慣れすぎたのかな。
命の切り合いって忘れてたんじゃないか。
だから、なぜ命を賭けるのかが物語だというのに。
シャアの動機はわかる。命を賭ける意味もわかる。
だけどアムロに動機がない。
ララァの仇打ちだけ?
クエスを足そうとしたけど足しきれてなかったね。
「阻止する」しか動機がなくて、
だから弱かったんだろう。
脚本において基本が存在する。
思想を戦わせたいのならば、
分かりやすい対立点をつくることだ。
そして一通り主張が理解できたら、
口角泡を飛ばすののしりあいではなく、
別のバトルをやることだ。
勝利した人の主張が正しいと、
自動的に観客は判定する。
その仕組みを知らずに、ただ口喧嘩してただけだったね。
単なるレスバじゃねえかよ。
ガンダムの「つづき」はレスバだった。
くだらぬ結末だ。
シャアを捕まえて軍事裁判にかけるクライマックスとか、
なぜやらないのだろう?
それを書けるほどの脚本家がいなかったからだろうか。
Zも逆シャアもなかった。
僕にとってはそれだけだ、
ということを、改めて確認できてよかった。
シャアはバズーカを撃った後行方不明だし、
アムロは帰るところがあったところで終わりだし、
和平が結ばれた0080であの物語はおしまいなのだ。
2025年03月21日
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