シーンの長さの感覚は全然変わったりする。
3分の長いシーンをカットしたくなったとき、
2分にするとか、2分半にするとか、
分量で考えてしまっていないか?
まあ「長いから削る」という方針を立てたんだから、
数値で測るのは当然かもしれない。
だが「長い」は感覚で思っただけで、実測値で考えているわけではないだろう。
目標の尺だって数字で出したわけでもあるまい。
そのときに、1ターンのセリフのやり取りを削るだけで、
見違えるようによくなることがあるよ、
ということを書いておきたい。
10回のやり取りが9回になったり、
2者のセリフのやり取りだけでなく、
複数のセリフのやり取りにおいて、
一個だけ掛けと受けを削るだけで、
シンプルでソリッドになることがたまにある。
なぜかは分らない。
いちいち確認しなくてもよいように、
省略の中にうまく入れられたときだと思う。
つまり、言うべきことをそのまま言っているのではなくて、
言外の意味に含ませられたときに、
シーンは短くなったような気がするのではないか。
いちいち情報をチェックするのではなくて、
圧縮が効いたような感覚になるからだろう。
同様に、
言い足りないもの、
言外の意味だけでは伝わらないときは、
1ターン掛けと受けのセリフを足してみたらどうか。
暗示を明示に転換するという感覚だね。
尺を削ったり、足したりするのではなくて、
構造で尺調整する考え方だ。
間を一個抜けば1秒稼げるとか、
そういう姑息なやり方ではなくて、
根本的な方法論だと思う。
足すセリフは、シーンの尻に足すと面白くなる。
次のシーンを期待させるようなものになると、
流れを止めずに、流れたまま次へ行けるからね。
逆に、そういう流れをせき止めている、
余計なセリフの1ターンを切ると、
全体的にすっと進むようになることもある。
1ターンでよいのだ。
削ったり足したりするだけで、
わりと絶大な効果がある。
舌足らずの部分を足してみよう。
それがなくても伝わるなら削ってみよう。
シーンの中で最小手になるように、
セリフを調整してみよう。
2025年07月19日
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