2025年07月19日

1ターン会話をつけ足したり引いたりするだけで

シーンの長さの感覚は全然変わったりする。


3分の長いシーンをカットしたくなったとき、
2分にするとか、2分半にするとか、
分量で考えてしまっていないか?

まあ「長いから削る」という方針を立てたんだから、
数値で測るのは当然かもしれない。
だが「長い」は感覚で思っただけで、実測値で考えているわけではないだろう。
目標の尺だって数字で出したわけでもあるまい。

そのときに、1ターンのセリフのやり取りを削るだけで、
見違えるようによくなることがあるよ、
ということを書いておきたい。

10回のやり取りが9回になったり、
2者のセリフのやり取りだけでなく、
複数のセリフのやり取りにおいて、
一個だけ掛けと受けを削るだけで、
シンプルでソリッドになることがたまにある。

なぜかは分らない。
いちいち確認しなくてもよいように、
省略の中にうまく入れられたときだと思う。
つまり、言うべきことをそのまま言っているのではなくて、
言外の意味に含ませられたときに、
シーンは短くなったような気がするのではないか。

いちいち情報をチェックするのではなくて、
圧縮が効いたような感覚になるからだろう。


同様に、
言い足りないもの、
言外の意味だけでは伝わらないときは、
1ターン掛けと受けのセリフを足してみたらどうか。
暗示を明示に転換するという感覚だね。

尺を削ったり、足したりするのではなくて、
構造で尺調整する考え方だ。

間を一個抜けば1秒稼げるとか、
そういう姑息なやり方ではなくて、
根本的な方法論だと思う。

足すセリフは、シーンの尻に足すと面白くなる。
次のシーンを期待させるようなものになると、
流れを止めずに、流れたまま次へ行けるからね。
逆に、そういう流れをせき止めている、
余計なセリフの1ターンを切ると、
全体的にすっと進むようになることもある。

1ターンでよいのだ。
削ったり足したりするだけで、
わりと絶大な効果がある。

舌足らずの部分を足してみよう。
それがなくても伝わるなら削ってみよう。

シーンの中で最小手になるように、
セリフを調整してみよう。
posted by おおおかとしひこ at 07:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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