そこにどれだけ観客を巻き込めるかだと思う。
よくできた物語は、
物語に勢いがあり、そして登場人物たちに感情移入が伴っている。
彼らの目的を理解し、応援している状態だ。
だからそれが達成できると喜ぶし、
挫折すると悲しいわけだ。
登場人物の気持ちになって最後まで見守ることが、
物語を楽しむということだろう。
これが出来ていない物語は、
詰らない。
勢いがなく、感情移入できない。
それは、物語という熱病に、罹患させていないということになる。
物語は熱病だと思う。
ふつうの状態じゃない。
起こることが非日常だから、ということもある。
とんでもない行動も、理由があるからだ。
ふつうの状態じゃない感情の上下も、
ふつうの状態じゃない事態だから起こるのだ。
ふつうならやらないことも、
ふつうじゃない理由があり、目的が出来ているから、
やるのである。
熱病のような状態で、
日常の感覚を一種麻痺させて、
最後まで導くことが、物語であると思う。
だから、途中で作者が覚めてはいけないと思う。
作者はいつまでも作中の出来事に夢中であり、
その熱が伝わらないと、観客も冷めてしまうだろう。
冷静じゃいられないようにしないと、
熱病としては面白くないに違いない。
どうやったらそこに巻き込めるのか。
作者の熱はひとつある。
どうしてもこれが語りたいのだ、という熱は、
わりと伝わる。
ただしそれが2時間分持つことは少ないかもしれない。
それだけでなく、
シチュエーションや起こっていることにそもそも興味を持っているかとか、
登場人物に感情移入出来ているかは、かなり大事だ。
興味も関心もないことには、
人は夢中になれない。
だからつまり、
興味を引き、登場人物を好きにならせろ、ということだ。
面白げなシチュエーションや奇妙な事件があり、
それを解決しようとしている人たちが気になり、
好きになり、なんなら離れたくないような、
そんな気持ちにさせることだ。
ああ、この人は好きだなあ、というのは、
容姿や雰囲気ではなくて、
こういうときにこういうことを言える人とか、
こういうことをできる人だから、好きになると思う。
それはあなた以上の魅力のある人である。
登場人物を自分にしてはいけないというのは、
あなた自身以上の魅力のある人を登場させられないということだ。
あなたが大した魅力がなくても、
架空のこの人だけは魅力的であることが理想だ。
それには、あなたとは異なる人の魅力を描く必要がある。
こんな時にこんなことが言える人、
黙ってこれが出来る人、
という風に描いていくと、
その人が好きになり、シンクロし、
感情移入していく事になるだろう。
興味も関心も引けていないものは、
どんなに熱があっても詰らないかもしれない。
その興味や関心は、
シチュエーションや事件や、キャラクターへの興味である。
よくある事件を描いてもつまらないのはそういうことだ。
新規性のある事件やシチュエーションを思いつけば、
興味や関心を引くことができるだろうね。
やることはいっぱいある。
どれかを怠っていると、
熱や関心を失い、物語は失速する。
熱を持つ物語というのは、全部できていることが多い。
2025年07月20日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

