漢直は同音意義の変換ストレスを避けられる、
ヘンテコな文節区切りを避けられる、
などの利点がある。
同音意義は音読みだけかと思ってたが、
訓読みもあることに気づいた。
たとえば「みる」だけでも、
見る/観る/視る/診る/看る/みる
は使い分けたいよなー。
IMEの実装にもよるんだけど、
一旦「見る」と書いてみて、
うーんちがう「みる」がいいなあ、
と再変換できたりするのかしら。
吐く/履く/掃くとか、
全然意味の方向の異なる「はく」だと、
真実を吐く、ズボンを履く、床を掃くなど、
目的語こみで変換すると合うかもしれない。
(でも経験上間違う時もある)
吐露の吐、履修の履、掃除の掃、
などのように、
音読み熟語を思い出して打つのが、
手書きでもよくあることではある。
1カナ1意味の「言霊」は、
こうした微妙なニュアンスの違いを表せないので、
訓読み漢字による違い表現が、
発達したような気がする。
こうしたものはやめて全部「はく」表記をしよう、
という流れもあったはずだけど、
便利なものは人は手放さないので、
音訓使い分けて使いこなすやりかたが、
現代まで残ったのだと思われる。
なのでカナ漢字変換システムに頼らざるを得ないというね。
いや、漢字熟語が大体打てれば、
訓読みの同音異義もクリアできますよ、
かもしれないので、
うーん、やっぱ漢直の経験を積んでから考えるべきだろうか…
2025年05月21日
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