映画の脚本が格別難しいのは、
一気見する前提だからだと思う。
生で話して2時間持つ人いないでしょ普通。
あなたの独演会が開かれる。
2時間しゃべりっぱだ。
面白くて価値のある話をしなければならない。
対談や鼎談なら相手の出方に合わせればいいから、
まあ流れに乗っかってれば楽だろう。
司会役をしない限りは、
話の方向をオチに向けてなにかすることもあるまい。
また、対談や鼎談に、
必ずしもオチは必要ない。
ぐだぐだになっても、
その2人が話したことがデカいみたいなことがあるからね。
ところが、
1人独演会では、
話題の面白さ、展開の面白さ、
ちょいちょい挟まれるウィットの良さ、
テーマ性、なによりどう終わって満足するか、
かなり色々なことをしなければならない。
何か知的なことを語るならまだいい。
新しい知見を披露すれば大体なんとかなる。
しかし我々のやることはフィクションだ。
良く練られて、感情移入できて、
泣いたり笑ったりする話をしなければならない。
すごい昔に、
紙芝居を見た記憶がある。
ひとつのおはなしを1人で演じる、
というものをどこかで見てみると良い。
映画の脚本を書くということは、
それを書くことと大体同じだ。
紙芝居を見れなければ、
長い落語でもよい。
それでもせいぜい30分だろう。
あなたは2時間、持たせなければならない。
見せ場は大事だろう。
ビジュアル的に大掛かりなものは、
必要だろう。
飽きてきたら話題転換が必要だろう。
目先を変えて、小焦点を新しく作ったり、
それを前の焦点と融合させたりすると良いだろう。
笑いのパート、泣きのパートなど、
色んな色が必要だろう。
1人の話だけでは持たないから、
複数人の目的が果たされるか?が焦点になるだろう。
その中で最も太い人が主役になるだろう。
ショウ的なパートで、
ストーリーパートの一休みをすることが、
あるかもしれない。
音楽や歌や手品や曲芸や料理とか。
これらは、
物語の要請というのもあるが、
そもそも「2時間ノンストップで必要なこと」
なのだと思う。
「3時間ノンストップ」なら、
間にトイレ休憩を入れる前提で、
組み立てる必要も出てくるだろう。
人の集中力のコントロールがだいじだ。
どれくらいで飽きてくるのか、
どれくらいの情報量なら両手に持てるのか、
どれくらい複雑な話までしていいのか。
複雑な話なら、どこまで区切ればいいのか、
深さを重視して狭い範囲にするべきか。
これらを分かってない人は、
そもそも2時間独演会は無理だ。
脚本を組み立てることは、
事件やストーリーラインをつくることでもあるが、
実際の執筆は、
これらをノンストップ独演会用に、
仕立てあげること、
だと思うと良い。
脚本は論文ではない。
その内容を、どんなお客さんでも、
奥深くまで味わい、噛み締められるだけの、
2時間ノンストップの話術が必要なのだ。
どれだけ準備すれば、
その独演会を始められる?
手元にどんなメモだけ用意しよう?
事前にリハーサルをしておく?
試しにあるパートを一気に喋ってみる?
あなたの生本番は1回しかない。
それを大成功させるには何が必要?
そんなことを事前に考えなければ、
脚本の執筆なんて、
とてもできないと思うんだよな。
映画脚本は、
「あの人がおもしろい話をするぞ」と、
集まってきた寄り合いだ。
その人たちに、あなたのおもしろさをプレゼンして、
心底理解して、満足して帰ってもらう場所でもある。
あなたの話術が不自由ならば、
それも叶わない。
そのような、
一気見する前提で書いてるかな?
2025年09月14日
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