2025年09月14日

一気見する前提

映画の脚本が格別難しいのは、
一気見する前提だからだと思う。

生で話して2時間持つ人いないでしょ普通。


あなたの独演会が開かれる。
2時間しゃべりっぱだ。
面白くて価値のある話をしなければならない。

対談や鼎談なら相手の出方に合わせればいいから、
まあ流れに乗っかってれば楽だろう。
司会役をしない限りは、
話の方向をオチに向けてなにかすることもあるまい。
また、対談や鼎談に、
必ずしもオチは必要ない。
ぐだぐだになっても、
その2人が話したことがデカいみたいなことがあるからね。

ところが、
1人独演会では、
話題の面白さ、展開の面白さ、
ちょいちょい挟まれるウィットの良さ、
テーマ性、なによりどう終わって満足するか、
かなり色々なことをしなければならない。

何か知的なことを語るならまだいい。
新しい知見を披露すれば大体なんとかなる。

しかし我々のやることはフィクションだ。
良く練られて、感情移入できて、
泣いたり笑ったりする話をしなければならない。

すごい昔に、
紙芝居を見た記憶がある。
ひとつのおはなしを1人で演じる、
というものをどこかで見てみると良い。

映画の脚本を書くということは、
それを書くことと大体同じだ。

紙芝居を見れなければ、
長い落語でもよい。
それでもせいぜい30分だろう。

あなたは2時間、持たせなければならない。


見せ場は大事だろう。
ビジュアル的に大掛かりなものは、
必要だろう。

飽きてきたら話題転換が必要だろう。
目先を変えて、小焦点を新しく作ったり、
それを前の焦点と融合させたりすると良いだろう。
笑いのパート、泣きのパートなど、
色んな色が必要だろう。

1人の話だけでは持たないから、
複数人の目的が果たされるか?が焦点になるだろう。
その中で最も太い人が主役になるだろう。

ショウ的なパートで、
ストーリーパートの一休みをすることが、
あるかもしれない。
音楽や歌や手品や曲芸や料理とか。


これらは、
物語の要請というのもあるが、
そもそも「2時間ノンストップで必要なこと」
なのだと思う。

「3時間ノンストップ」なら、
間にトイレ休憩を入れる前提で、
組み立てる必要も出てくるだろう。


人の集中力のコントロールがだいじだ。
どれくらいで飽きてくるのか、
どれくらいの情報量なら両手に持てるのか、
どれくらい複雑な話までしていいのか。
複雑な話なら、どこまで区切ればいいのか、
深さを重視して狭い範囲にするべきか。

これらを分かってない人は、
そもそも2時間独演会は無理だ。


脚本を組み立てることは、
事件やストーリーラインをつくることでもあるが、
実際の執筆は、
これらをノンストップ独演会用に、
仕立てあげること、
だと思うと良い。

脚本は論文ではない。
その内容を、どんなお客さんでも、
奥深くまで味わい、噛み締められるだけの、
2時間ノンストップの話術が必要なのだ。

どれだけ準備すれば、
その独演会を始められる?
手元にどんなメモだけ用意しよう?
事前にリハーサルをしておく?
試しにあるパートを一気に喋ってみる?

あなたの生本番は1回しかない。
それを大成功させるには何が必要?

そんなことを事前に考えなければ、
脚本の執筆なんて、
とてもできないと思うんだよな。


映画脚本は、
「あの人がおもしろい話をするぞ」と、
集まってきた寄り合いだ。
その人たちに、あなたのおもしろさをプレゼンして、
心底理解して、満足して帰ってもらう場所でもある。

あなたの話術が不自由ならば、
それも叶わない。


そのような、
一気見する前提で書いてるかな?
posted by おおおかとしひこ at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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