2025年06月13日

【薙刀式】qwertyのデッドロック効果

僕はqwertyローマ字のブラインドタッチは、
薙刀式のブラインドタッチをマスターするよりも、
難しいと考えている。
ある日本語のことばを打つ指の動線が、
薙刀式よりも難しいからだ。

だけど、難しいがゆえに、
一旦qwertyで打つようになると、
他に移行することをためらうことになる。
それは、マスターするのが難しかったからこそ、
これを勿体ないと思う効果(コンコルド効果)が効いてくるからだ。


Twitterから。
> 大西配列興味だけはあるけど今からあれ覚えるの苦痛すぎて多分途中でやる気なくなる

「苦痛すぎる」のは、
あくまで想像に過ぎない。
実際にやったうえで判断しているわけではないからだ。


実際に2週間ほど練習してみて、
あまりにも苦痛すぎるのでやめます、
ならしょうがないと思うけれど、
やってもないのになんで苦痛すぎると思うんだろう?

それは、qwertyの習得コストで、
見積もってるからじゃないか?

今までの経験上こんくらいはかかるから、
苦痛すぎて二度とやりたくない、
ということなのでは?
と思うわけさ。


実際の労力でいうと、
大西配列マスターにかかる労力は、
qwertyの1/3くらいじゃないかと思う。
これは体感であり、客観的な根拠はない。

ほんとは100でいいのに、
300と見積もってるから、
怖いのではないかと思うわけさ。

やってもいないことを必要以上に怖がるのは、
「qwertyであれほど辛かったのだから」
というトラウマによるのでは?
と僕は想像した。


なぜqwertyのマスターが辛いのか?

不合理な指の動きになっているからだ。
日本語に向いてない指の動きだからだ。

自転車をマスターするのに、
足でハンドルを切り、手でペダルを漕ぐぐらい、
おかしな操作を要求されるから、
難しいのだ。

つまり日本人は、
雑技団レベルをマスターせよと脅迫され続けていて、
しかも既に雑技団になった人から、
「PC触るならqwertyくらい使えないと」と、
プレッシャーをかけられる、
不合理なコンコルド社会になってるってことだ。


合理的な指使いとはなにか?

強い指をより沢山使い、弱い指をあまり使わないこと。
指の移動距離の総和が短いこと。
基本通りの運指で使いやすいこと(運指最適化などの、基本を崩す工夫の不要)。
打ちやすい指の連続を使い、打ちにくい指の連続を使わないこと。
覚えやすく、脳の負荷が少ないこと。
打ちやすいキーを沢山使い、打ちにくいキーをほとんど使わないこと。
ホームポジションから遠いキーを使うのは論外。
これが作者の考える「使いやすさ」かー、と打ちながら理解できること。

などのようにまとめられるだろう。

これらのスコアにおいて、
大西配列はqwertyを数値的に圧倒している。

薙刀式は計算が複雑すぎて、
自動計算機がないのだが、
体感3倍以上楽だと僕は思う。
主観的には10倍くらい。
qwertyローマ字で1万字書くのと、
薙刀式で10万字書くのは等価くらいかな。

大西配列は使ったことがないからわからないが、
大西配列よりも楽だと思っている。
(打鍵数が少ないのがデカい)


この実態を、
qwertyの幻影で評価してしまうから、
ビビるのではないだろうか?

たかがフランスのAZERTYを見て発狂してる人がバズってたが、
https://x.com/dognaOCer/status/1933092534470726090
各言語は語の流れが違うのだから、
キー配列はそれに特化するべき、
となぜ考えないのかがわからない。

ただただ配列童貞がビビってるだけなんだよ。


僕は関西弁と標準語の二ヶ国語話者であるが、
薙刀式は標準語特化なので、
関西弁に特化した猛虎配列をつくりたいくらいだ。

関西弁でたくさん書くことはないので、
僕の中でモチベがないだけで、
これから関西弁の物語を書くのだとしたら、
猛虎配列をつくると思う。
たとえば右手のアルペジオで「なんでやねん」「あほか」が、
打てるようになるべきだ。


道具は目的に応じて進化するべきだ。

英語のことは置いといて、
ローマ字かな漢字変換が出来て50年経っても、
まだqwerty使ってるのはバカだと思う。

日本語のことをちゃんと分かってないか、
打鍵のことをちゃんと分かってないかのどちらか、
または両方なのだ。


qwertyローマ字みたいな糞のような方法論で、
大西配列の何を見てるのだろう?
レッスン3とか4あたりまで触ってから、
改めて判断すればいいだけの話だろう。

コンコルド効果、サンクコスト効果は、
どうやっても0にならない。
人間の深層心理だからね。
指摘されたって「そうか!」と治るものでもない。

これらをかなぐり捨てられるのは、
もっとよっぽどいいものに巡り会えたときだ。

それが大西配列だろうが薙刀式だろうが、
その他の新配列であろうが、構わないと思う。



やっぱ新配列の顔が、
キーボードアレルギーを起こしそうな、
「配列図」だからよくないのかね?

薙刀式は、
・・・し・ ・・よ・・
・・・・・ ・濁・う・
・・・・・ ・・・・・
ぐらいにして「少女配列」とでも名乗れば、
引きがよくなるのだろうか。
posted by おおおかとしひこ at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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