2025年07月21日

地面は平らである

何を当たり前のことを、と思うかもしれない。

だが特に東京に住むとわかるけれど、
日本人は坂で暮らしてることが結構多い。


東京百坂、東京名坂なんて検索すれば、
たくさんの坂を見ることができるだろう。
これを利用した、
なぜか女アイドルが坂を走ってハアハアするだけの、
「全力坂」という深夜番組があったくらいだ。
(初代OPは優香だったよな)

今、
殺風景なコンクリばかりの東京で、
絵になるロケ地を今探してるんだけど、
坂とか水辺くらいしかないよなーと。

で、芝居の都合上、
平らな場所が良くて、
坂の途中の踊り場とか、
平らなところの坂が分かれてるところを探してて、
気づいたわけ。

僕らは、お話を「平らな地面で展開するもの」
だと、無意識に思ってるなと。

東京は坂だらけの町だから、
全然坂で物語があってもいいのにね。


「坂」というと長崎みたいなものすごい坂とか、
尾道みたいな狭い路地の坂とか、
百名坂みたいな、
特別な坂での物語になってしまう。

そういうことではない、
ふつうに「平らでない場所」で、
我々の生活は営まれてるってことだ。

階段上がってそことか、
ちょっと自転車で降りるときもちいいとか、
車椅子で登るのは毎日は無理とか、
そんくらいの「平らじゃない場所」で、
物語は起きている。

ともすると、
我々はフラットな場所を前提としてストーリーを組んでしまう。
畳の上で死ねるわけではないし、
川のある場所は必ず高いところと低いところがある。

たとえば京都はフラットなイメージだけど、
鴨川が南北に流れているため、
北の方がわずかに高く、
南に行くほど下りになる。
(上がる、下がるの意識そのものだ)
観光客や車のレベルでは意識できないだろうが、
チャリンコに乗って走るとわかるよ。

身分の上下、金持ちか貧乏かの意識も、
坂の上下で関係してるよね。
川上、川下というビジネスの身分制度もある。
人権は等しくフラットだけど、
実質坂の上下は新身分制として存在するわけさ。
タワマンの上層階と下層階の反目は、
ディストピアSFの格好の題材といえる。

そうした、坂を利用した構造的なものから、
無意識に潜む差別意識や劣等感まで、
大なり小なり、坂は使えるよね。
地面は平らなはずなのに、を利用するわけだ。

階段だと背の高さがそろうから、
キスがしやすい、
なんてのは昔のラブコメの定番であった。
そんなふうに「フラットでないこと」を利用すると、
名シーンが生まれる。かも。


ちなみにうちの近くでロケハン中。
もうちょっと日が上がるまで待つ。
IMG_6090.jpeg

今ここに車椅子を改造したチャリオット(ベン・ハーみたいなやつ)
を走らせようとしてて、
そうか、平らなどころじゃないと止めづらいと気づいた。
なるほど頭の中では地面は平らなのだなと。
posted by おおおかとしひこ at 06:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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