何を当たり前のことを、と思うかもしれない。
だが特に東京に住むとわかるけれど、
日本人は坂で暮らしてることが結構多い。
東京百坂、東京名坂なんて検索すれば、
たくさんの坂を見ることができるだろう。
これを利用した、
なぜか女アイドルが坂を走ってハアハアするだけの、
「全力坂」という深夜番組があったくらいだ。
(初代OPは優香だったよな)
今、
殺風景なコンクリばかりの東京で、
絵になるロケ地を今探してるんだけど、
坂とか水辺くらいしかないよなーと。
で、芝居の都合上、
平らな場所が良くて、
坂の途中の踊り場とか、
平らなところの坂が分かれてるところを探してて、
気づいたわけ。
僕らは、お話を「平らな地面で展開するもの」
だと、無意識に思ってるなと。
東京は坂だらけの町だから、
全然坂で物語があってもいいのにね。
「坂」というと長崎みたいなものすごい坂とか、
尾道みたいな狭い路地の坂とか、
百名坂みたいな、
特別な坂での物語になってしまう。
そういうことではない、
ふつうに「平らでない場所」で、
我々の生活は営まれてるってことだ。
階段上がってそことか、
ちょっと自転車で降りるときもちいいとか、
車椅子で登るのは毎日は無理とか、
そんくらいの「平らじゃない場所」で、
物語は起きている。
ともすると、
我々はフラットな場所を前提としてストーリーを組んでしまう。
畳の上で死ねるわけではないし、
川のある場所は必ず高いところと低いところがある。
たとえば京都はフラットなイメージだけど、
鴨川が南北に流れているため、
北の方がわずかに高く、
南に行くほど下りになる。
(上がる、下がるの意識そのものだ)
観光客や車のレベルでは意識できないだろうが、
チャリンコに乗って走るとわかるよ。
身分の上下、金持ちか貧乏かの意識も、
坂の上下で関係してるよね。
川上、川下というビジネスの身分制度もある。
人権は等しくフラットだけど、
実質坂の上下は新身分制として存在するわけさ。
タワマンの上層階と下層階の反目は、
ディストピアSFの格好の題材といえる。
そうした、坂を利用した構造的なものから、
無意識に潜む差別意識や劣等感まで、
大なり小なり、坂は使えるよね。
地面は平らなはずなのに、を利用するわけだ。
階段だと背の高さがそろうから、
キスがしやすい、
なんてのは昔のラブコメの定番であった。
そんなふうに「フラットでないこと」を利用すると、
名シーンが生まれる。かも。
ちなみにうちの近くでロケハン中。
もうちょっと日が上がるまで待つ。
今ここに車椅子を改造したチャリオット(ベン・ハーみたいなやつ)
を走らせようとしてて、
そうか、平らなどころじゃないと止めづらいと気づいた。
なるほど頭の中では地面は平らなのだなと。
2025年07月21日
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