2025年08月09日

【薙刀式】そもそもレイヤーという考え方がなじみがない

自作キーボードに触れる人、
とくにスモールキーボードに触れる人は、
まずそのレイヤー操作が出来ないらしい。
まあ、なじみがないからね。


僕はキー配列を考えるときに、
ほとんど初手でそれを学んだため、
レイヤーこそがキー配列を救う鍵だと考えている。
ひとつのキーにひとつの機能しかないから、
キーボードはあんなにデカデカとしていて、
どこに何があるか把握できないのだ。

広い街をマンションにしてしまい、
この階やエリアに入っているのは似たようなものである、
としたほうが、圧倒的に記憶は圧縮できるはずだ。
しかも見た目ではなくて、
ブラインドタッチでやるものだから、
上手に圧縮さえできれば、
そのほうが楽で速いと考えるわけだ。

自作キーボードで、
レイヤーに慣れないのはもったいない。
それこそがキーボードを次に進化させる鍵だと思う。

問題はどう圧縮するかだ。
似た意味や機能を持つものを寄せるのは当然なんだけど、
何が似ていると考えるかは、
人によって、使用目的によって異なる。
なので、一意にきまらない、という欠点があると思う。


だから、キー配列とは自由に自分で配置せよ、
なんだけど、
ほとんどの人はこれに慣れない。
戸惑う。

これまで決められたレイアウトを、
疑問を持たずにやってきた習慣を変えない限り、
これを使えないと思う。

レイアウトは今日から自由だ。
しかし自由の代償は責任だ。
これで行く、という覚悟や責任がないと、
自由は謳歌できない。

もちろん、ときどき自分レイアウトには疑問符がつくことがある。
これがベストの最適化なのか?とか、
もっといい方法があるんじゃないか?とかだ。
自分の与件が変わることもある。
〇〇前提で作ったが、××前提になってしまったとかね。
そういうときは都度柔軟に変えていけばよい。
レイアウトを変えずに運用だけ変える手だってある。


これらのことまで含めて、
僕はレイヤーだと考えている。
これに対応できない人は、
レイヤーを使っても、
あんまりメリットと感じないのではないか。

そういう人は、何か誰かから与えられたものを、
何も考えずに使いたいだけの人だと思われる。


自由であり、工夫する人を狼として、
何も考えたくない人を羊とするとして、
狼と羊の割合はどれくらいなんだろう?
1対1000くらい?
そうすると、10万対1億くらいにはなるか。
そうなるといいな。
1対100になると、100万になって、
世間に影響力を持つ層になるだろうね。

まあ、地道に増やしていくしかない。


レイヤーは、とくにカナ配列において、
とても本質的で、
レイヤーを理解しないと理解できないだろう。

しかも自作キーボードのレイヤー移行方式、
タップアンドホールド方式だけでない、
様々なレイヤー移行方式がある。
同時シフト、同時連続シフト、前置シフト、後置シフト、
相互シフトなどなどだ。
これらの違いとか利点欠点まで把握すると、
カナ配列は相当面白くなる。

まあ、自作キーボードの人が、
ここまでたどり着くにはだいぶかかるとは思うけどね。


必要は発明の母である。
ブラインドタッチできる範囲で、
通常のキーボードを使いたいという必要が、
スモールキーボード×レイヤーを産んだ。
ブラインドタッチできる範囲で、
カナを打ちたいという必要が、
カナ配列のレイヤー方式を産んだ。
まったく同じことなんだけど、
カナ配列のほうが豊かなので、
自作キーボードからそのままスライドできないのが残念だなあ。

まあ、そのうち布教も浸透していくだろう。
だって便利だもの。



ブラインドタッチが必須な点で、
普及にはだいぶハードルがありそう。
でもキーボードを本質的に使いこなすには、
俺たちが100本指になるか、
レイヤーしかないと思うんだけど。

(フリックは巧みにレイヤーであることを感じさせないまま、
実質レイヤーを使っている。
アをホールドしている間はア行のレイヤーにいるんだよね)
posted by おおおかとしひこ at 14:29| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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