鈴木関連で思い出した。
予告編ナレーションのこと。
予告編のナレーションは、
MA(音を仕上げるスタジオ)で、
ナレーションブースで録る
(無音になってる録音ブース。
歌録りをやるスタジオの狭い版。
ここであらゆる番組やCMのナレーションを録る)。
で、MA作業はその回の監督の作業なので、
たとえば僕が1、2話を担当してMAをやるわけ。
ということは、
その回にある予告編、
第2話予告編(小次郎のナレーション)、
第3話予告編(竜魔のナレーション)を、
僕が録ることになるわけ。
つまり、第3話の担当市野さんの回の予告を、
担当してない僕がやることになる。
ここが毎回むず痒かった。
担当回の人が録音に立ち合うべきでは?
とずっと思ってて、
ここはスケジューリングミスだったと今でも思う。
だから、
担当回の監督がやってない予告ナレーションが、
半分くらいあるんだよ。笑
2話の尻の3話予告(竜魔)
4話の尻の5話予告(小龍)←
6話の尻の7話予告(劉鵬)
8話の尻の9話予告(麗羅)←
10話の尻の11話予告(武蔵)
11話の尻の12話予告(陽炎)
は、担当回とは異なる監督が指揮せざるを得なかった。
←印をつけた予告ナレは結構酷くて笑、
新人が無音ブースの雰囲気に飲まれて、
普段の実力が発揮できてないのがまるわかりで、
当時は「棒」とよく言われたものだ。
せめて担当回監督がやれたら、
撮影後なんだし、
阿吽の呼吸でできたろうなあ、
と今では思う。
ちなみに、
次回予告をその回で活躍する人にやらせようぜ、
というのは僕のアイデアで、
結構それはハマったと思う。
主人公小次郎で統一する、
公式ナレーター(郷里大輔)で統一する、
というのが常套だろうけど、
ここにも遊び心が必要だと思ったんだよね。
今思えば、小次郎と姫子が1話交代でやる、
とすると、
往復書簡になって、
最初は冗談だけの関係だったけど、
どんどんマジになってゆく、
ラブストーリーとしても上出来だったかもなあ。
時間にしてわずか30秒だけど、
これによって、
各キャラクターへの思い入れが増した、
いいアイデアだと今でも思う。
で、鈴木だよ。
なんだよ将棋回のナレはよお。
下手にもほどがあるだろ。
俺が立ち会ってなかったからさ、
オンエアで見てひっくり返ったものさ。
本人に会うことがあれば聞かなきゃな。
あれ、ガチガチに緊張してただろ?って。
ナレーションブースって、
無音になるように作った特別部屋なので、
外からの音が一切遮断されるのね。
それだと不安になるので、
ブースには窓があって、
監督やミキサーと目を合わせられるようになっている。
けど基本無音なので、
監督とミキサーが話している場合、
監督側からマイクをオンにしない限り、
何を話してるのか聞こえない構造になっている。
それが不安になるのよ。
1人で無音スペースに取り残されて、
窓から監督たちが話してるのは見えるんだけど、
音は聞こえなくて、
とても孤独になるのよね。
ひょっとしたら自分には話せない話をしてるんじゃないかと、
疑心暗鬼になることすらある。
自分の芝居の何がまずかったのか、
基準がどんどんわからなくなって行く。
そこに、新人として飲まれたんだと、
今では思える。
そんなに鈴木下手じゃないだろうと、
今なら思ってしまうものね。
昔女子高生のナレーション録りをするとき、
「1人で怖かったら一緒に入ってあげるよ」と、
スケベ心を出して言ったことがある。
とはいえマイクからブースの中の声は全部拾うので、
変なことを言ったら筒抜けになるんだけどさ。笑
そしたら、
マイクの前で「手握っててもらっていいですか」
と言われて、
彼女の手がブルブル震えてたことを今でも思い出す。
冷や汗で手が冷たくて、
赤ちゃんが勝手にぎゅって握ってくるくらい、
握力が強かった。
それくらい、マイクの前の1人は怖いんだよね。
女子高生の手をタダで握れたというお得感よりも、
僕は親としての責任感に目覚めてしまった。
彼女をリラックスさせて、
普段の彼女のパフォーマンスを引き出せるのは、
俺しかいないのだと、
監督の責任の重さを感じた一件だったな。
まあ市野さんは男なので、
好みの女子以外と二人きりでブースに入ることもないだろうが。笑
そういうところは、
「自分で切り拓け」って思う体育会系タイプな気がする。
そういえば最終回の小次郎のナレーション
(その脚力は一日数千里を走り……)は、
村井が硬いので、
俺がブースに入ったことを思い出す。
無音壁や窓を隔てた関係ではなく、
体温を感じる距離に入ったことで、
撮影現場に近い雰囲気を思い出して、
芝居が俄然良くなったことを覚えている。
オーケストラの指揮者、いるの?
ってよく思う。
指揮棒ふってるだけなら、
デカい画面に楽譜出して、メトロノーム映してりゃいいんじゃね?
なんて思うことがある。
でも、指揮者と演奏者の、
これまで培ってきた関係性があればあるほど、
生の肉体で通じあった方が良くなるのは、
音楽も芝居も同じだと思う。
最近の若手監督は、
カメラの脇で演者に指示を出さず、
後方でモニタを見ながら、
マイクで指示する人が多いんだって。
モニタと編集機があって、
そこで即座に編集できるから、
そっちを頼りに微調整するらしい。
僕は、それは芝居を舐めてると思う。
役者と監督の肉体関係の、良さを知らないんだな。
わざと肉体関係といったけど、
セックスをするわけではない。
たぶん、セックスより気持ちいいことを僕らはやってるけどな。
セッションという専門用語があるけど、
プロでやってて楽しいのはそれが噛み合った時よね。
というわけで、
1人で放り出されて緊張してる鈴木を見れるのは、
第8話のラスト、9話の予告です!
2025年08月09日
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