2025年08月11日

捨てがたきもの

そうだな、高校生の時くらいかな。
「芸術とはなにか定義しよう」などと生意気にも思い、
「捨てがたきもの」と定義したことがある。

素晴らしいものから、日常品のちょっとしたものまで、
うっかり捨てることができないものは全部芸術、
と高校生なりに定義したのであった。

純粋芸術ならそうかもしれないが、
我々がやってるのは商業芸術である。
その定義では広すぎるなー、とふと思った。


純粋な芸術に順位をつけられるだろうか?
無理じゃないかな。
だから、芸術とは、
一人でもこれは捨てられないと思えば、
保存されうると考える。
それは最悪作者でもいい。

これは芸術だと思い、大事にすれば、
それは芸術であり、
それらに順位はないと思う。

一方、僕らがやってるのは商業芸術である。
単純に売上で序列がつく。

それは、儲けろ、
ということを言おうとしてるのではない。

商業芸術が残るのは、
捨てがたいから残るわけではない。
「より儲けたから」残るのだ、という話をしたい。


世界名作劇場を見てみよう。
名作だから残るのもあるが、
その当時ヒットしたから、
ないし当時ヒットしなくても、
後世に多くの人に価値を認められたから、
そのラインナップに入れるのだ。

どんなに名作だったとしても、
誰も知らなければ、
捨てられるに違いない。

ドラマ「風魔」は、そんな作品だ。
見た人はみんな名作だというけれど、
U局だったからリアタイで見た人は数が知れてる。
DVDを持ってる人は限られてるから、
新規で見ようとしても、
配信がないので見る手段がない。

これが売れてれば、少なくとも配信などに乗り、
誰もが見れる場所にあると思う。

でもDVDは全部売れたし、
舞台版は全席完売だ。
これ以上儲けようがない。
使った金が大きかった(想定より予算を使ったよ。
もっとへぼいものを作る想定だったんだ)から、
興行としては微妙だったろう。

プラマイで考えるなら、もっと予算を削れば、
最大リターンになるわけだ。
あの枠の第二作Rhプラス以降は、
そうした狙いになっていったと思う。
ていうか、僕が使いすぎた?マイナス分を、
補填していったのかもしれない。

ドラマ風魔は今でも売れると思う。
ただ、当時売れなかった(MAXは売れたが、
そもそも用意した文量が少なかった)から、
今売ってないだけだ。

もうそれって、商業主義の闇以外にないわけよ。

売れてないものは売れない、
売れてるものが売れるという、
流れに乗っかるだけなのさ。



だから、
僕は売れるべきだと思う。

それは、商業主義に媚びろと言ってるわけではない。
エログロをやれとか、
猫を入れとけというわけではない。
そうじゃなくて、
ほんとに面白いものをつくって、かつ売れろ、
と言っている。

売れなければ、どんなによくても、
抹殺されるのだ。
意図的な抹殺というよりは、
事実上の無視なんだよね。
無視というより、無知というべきか。

知らないものは知られないという。



じゃあ、おもしろさとは何か?
どんなものが売れるのか?

僕にはわからない。
だけど、一つだけ僕が知ってるのは、
熱いものは良いものだと思う。

ただの熱血ならいいの?
僕はそうじゃないと考える。
主人公の性格とか関係なくて、
「その行動が熱い」「その展開が熱い」
「そのゴールが熱い」ものを言おうとしている。

笑えるのがいい、
泣けるのがいい、
知識が増えるのがいい、
萌えがあるのがいい、
などなどと言われているけれど、
それがあれば売れるとは限らない。

そもそも面白くなきゃしょうがないしね。


僕らは機械ではない。
血が通い、涙を流す生き物である。
それが反応する熱源を、
つくればいいんじゃないかなと考えている。


捨てがたきもの、という定義は、
否定形だからあまり役に立たない。
肯定形で、こういうもの、と定義した方がいいと思う。
「心が動くもの」だとまだ「なんで動くんだっけ?」
がわからなくなる。
僕は、熱いものをやればいいんじゃないかと思う。

もちろん、全然違う解答があってもよい。
それぞれが、商業芸術として成功すればいいと思う。


商業芸術は、
毎年作れる本数に上限がある。
一本あたりの単価が高く、
資本主義で集められる金は有限だからだ。
それを上から順番に取っていったら、
毎年有限個しかつくれないことになる。

下の方からはじめて、上に上っていかなければ、
自由に作れないだろう。

でも、下でも上でも共通する良さってなに?
って考えると、
人生の真実を描く、でもなく、
読後感がよいもの、でもなく、
人生を変えるなにか、でもなく、
熱きもの、なんじゃないかなー。

まあ、人によるけれど。



ドラマ風魔がおもしろいのに、
なかなか広まっていかない理由について考えた。
おもしろい理由についてもだ。

風魔はさ、なんか最終回に至るにつれて、
役者の熱がどんどん入ってくるんだよね。
その感じがすごく好き。

何もない状態で役者は勝手に熱くならない。
台本がどんどん熱くなってるからだよね。
posted by おおおかとしひこ at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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