なのになぜタイピングではエンターを強要されるのか?
あまりにも根本的な疑問すぎて、
誰も文句を言ってない可能性がある。
僕はこのエンターをなくしたいのだ。
手書きで書いてる時に、
単語ごと、文節ごと、ブロックごと、
文ごと、
どこかのタイミングで、
毎回毎回小指で机の右端に触れなければならない、
というルールをつくったらどうか?
なんでやねん、アホか、というだろう。
だけど標準運指タイピングでは、
そのようになってるんだぜ?
なんでやねん、アホか、というべきだ。
なんで右小指やねん。なんで右端出張やねん。
なんで毎回やねん。
アホか。
親指による変換はまあ我慢できる。
直接漢字を書けないからな。
カタカナ変換もわかる。
ひらがなとカタカナを打ち分けられないからな。
それに親指はホームポジションだから、
まあ合理的だ。
でも変換や次候補と同じくらいに使うのが、
確定のエンターだ。
確定、改行、決定(送信)の、
3つも役割を負わせたやつはアホだろ。
改行と送信は小指で右端でもいいが、
確定もそこに当てたやつは、万死に値する。
エンターには歴史的経緯がある。
ラインフィードとキャリッジリターンを、
ごっちゃにしていて、
OSによってまだバラバラで世界統一されてないらしい。
だから確定と改行と送信が、
エンターでバラバラな動作で、
まあよく間違って送信する事故が、
エンターを入力に使う日本では多発しているだろうよ。
ここを改良できないのか。
IMEをいじれれば、
確定とほかのバインドを分けることはできそうだが、
やり方がわからんので、
我々論理配列者は、
エンターキーの位置をいいところに置くことで、
机の右端に反復横跳びする愚を改良してきた。
親指エンターはなかなか良い。
かつて薙刀式もJISキーボードで採用していた。
(USキーボード移行時にやめた)
自作キーボードでも親指にバインドする人はいる。
僕は、句読点位置に確定のエンターがあるべきだと考えている。
手書きで文節間で考える時は、
句読点位置にペンが行くでしょ。
それなら不自然じゃない。
ナカグロ位置でもいいけど。
なので、カタナ式では「。」の位置単打にエンター、
薙刀式では「、」「。」同時押しでエンターだ。
いずれも、
ペンを持つメインの右人差し指を使う。
また、
確定エンターは明示的に押さないようにしたい。
スルスルと次を書きたいときに、
一拍挟むのは思考のリズムが乱れる。
本来日本語を書く時にいらない合いの手だ。
「セックスのピストンを2回したら横のベルを押さなければならない」
ようなものは興が削がれる。
幸い、「確定ならば次の文字を入力をすると確定する」
という「自動確定」がIMEにはあるので、
僕は基本これを使う。
明示的にエンターを使う時は、
言葉をまず放り出して、その反射で考えたいときだ。
うん、まあまずこれは確定で、
ここからどう枝葉を接ぐかな、
というときだね。
手書きならば句読点の位置でペンを止め、
トントンとペンを叩きたいときだね。
この時は人差し指で明示的確定をしたい。
また、句読点確定を薙刀式では採用している。
手書きでは句読点を叩きつけ、
その反力で次を考えるので、
それを再現する感覚だ。
そのため句読点確定がシフト位置にある。
単打でない理由はそこ。
あるいは、日本語の文末はたいていひらがなで終わるので、
いちいち変換しなくていいためである。
上の文も、
「あるいは読点確定」
「にほんごのぶんまつはたいていひらがなで変換」
「お(自動確定)わるので変換、読点確定」
「改行」
「いちいちへんかんしなくていいためである変換、句点確定」
のように打っている。
つまり明示的確定エンターは一度も使わずに、
改行だけ1回エンターを使っている。
仮に都合5回も、
小指を右端まで出張しなければならないとしたら、
なんでやねんアホかと思うだろう。
なぜエンターが議論されないのかわからない。
自動確定だけでは足りない部分がたくさんあり、
日本語IMEの確定とエンターは見直される必要があると思う。
ライブ変換の確定せずに書く方式は、
新しい提案をしたけれど、
うーんチラチラ変わるのがキモすぎてね。
あ、あと薙刀式の編集モードでは、
すべての記号は確定付きです。
?とか!とか、あとに空白書きたい時、変換と分けたいでしょうに。
「」()『』とか、それを書きたいんだから変換不要でしょうに。
カギカッコ開くから確定を入れずそのまま書く、
は出来ないけれど、
記号を変換列の中に入れないスタイル、
と割り切れば使えるはず。
会話文を多用する脚本、小説では、
重宝すると思うけどね。
(とくに脚本は小説の数倍「」が多い。
デフォルトの位置で「」!?なんて打ってる脚本家小説家は、
今からすぐにでも、
無変換+JKM,に、「確定、」確定、!確定、?確定を、
AutoHotKeyなどで組むべきだ)
ついでに、「カギカッコ閉じ、エンター2回」
という、「会話文閉じて確定して改行」
もあるぜ。便利。
こんなふうに、
日本語とエンターをめぐる周囲が、
整理されてなさすぎる気がする。
薙刀式では、
変換から出す記号以外は、
これらで全部整理されていて、
ピストン2回につきベルを鳴らす必要がないようにしている。
エンターキーを改行と送信にしか使わない英語圏の人が見たら、
なんでやねん、アホかというに違いない、
日本語入力のエンター。
確定キーをせめて親指にしなかった、
FEP時代が原因か。
2025年09月05日
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