2025年09月13日

【薙刀式】書いた気がしないvs書き心地が良い

最近の僕のキーボードは、
負荷がどんどん減っていっている。

まあ狙い通りなんだけど、
沢山書いたとしても「書いた気がしない」あたりまで、
そろそろいってんなー、
なんて思ってしまった。


人間というのは贅沢だ。
労力をどんどん減らしていったら、
「やった気がしない」と文句をいうのだなー。


qwertyローマ字がある程度人気があるのは、
実はその負荷の高さだ。
指を高速で無茶な運動をさせないと速くならないという、
無茶振り仕様に対して、
ある程度答えられたら速くなったねといわれる、
ドM配列だと思う。

なりよりッターンが象徴するように、
ある程度まで行ったらドヤ顔でこれをやるように出来ている。
一文書けました、ッターン。
二文書けました、ッターン。

こんなので文章なんて進むわけがない。
文章とは淀みなく流れる流れであり、
それを捉えなければ落ちる波乗りのようなものだ。
流れに身を任せ、負荷なくどんどん書いていかなければならない。

にも関わらず、
このガチャガチャをやると、
やった気になるのだ。
大変だからね。

「負けたけど練習を沢山したから良かった」
みたいな感想になるわけ。

やったかどうかではなく、
やった感が欲しいだけなのだ。



薙刀式で運動負荷を極限まで減らしてるし、
あまりにも抵抗がないキーボードなので、
やった感が欲しくなっている。

人間にはそんな領域もあるのか、
と少し驚いている。

クラッキーやタクタイル派の言い分に近いのか。
柔らかい肉よりも、
ある程度硬くて食べ応えがないと、
食った気がしない感じだろうな。


1回前のキーキャップに戻してみる。
背が高く、親指45度タイプのやつに。
確かな手応えがあり、
反力かあり、
確実に書いた感覚が得られて心地よい。

でもこれで2時間書くのはそこそこかかる。
今のオール水平最低高さのコンベックスに戻したのは、
「そういえばアレは疲れなかったなー」という記憶があったからだ。
でも水平コンベックス、味がしない感じなんよ。

手応えはちょっとは欲しい。
しかし疲れるのは嫌。

人間は贅沢だ。



どうすればいいかわからんので、
明日は左右別々のキーキャップ装着で持っていきます。
その場で変えられるようにキーキャップセットごと。
時間あったら触ってみてください。
posted by おおおかとしひこ at 19:34| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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