テーマはテーゼ(定理)の形をしている。
つまり「AはBである」のようなことだ。
これはつまりある主張をしている、ということになる。
これを2時間かけて証明するのが、映画という構造になっている。
さて、これはどんなテーマでも出来るのだろうか?
僕は、人類がおおむね賛同できるものがいいんじゃない?って思う。
壮大なものを選ぶ必要はない。
悪は滅び、正義が栄えるのである、とか、
戦争はよくない、みたいな大げさなテーマから、
仕事あけのビールはうまい、みたいな小さなテーマまでやってよい。
それは、2時間かけてちょうどいい分量であれば、
なんでもいいと思っている。
ただし、テーマには、
おおむね賛同できるものから、
誰も共感できないものまで、
様々なグラデーションがあると思う。
人類は滅ぶべきである、とか、
ばれなきゃ何してもいいのだ、とか、
あいつは気にいらなないからいじめ殺せ、とか、
ろくでもない主張を考えることは可能だ。
僕が注意したいのは、
人生で恵まれていない人ほど、
こうした、大勢に賛同が得られないものをテーマに選びがち、ということだ。
人生の逆張りをしたいんだろうね。
一発逆転したいから、
世の中の価値観を180度変えたい、と思うがあまり、
中二病的なテーマだったり、
悪のテーマだったりを選びがちなんだよね。
僕はテーマは自由だと思う。
多くの人が眉をひそめるものであっても、
映画内で十分描ければ、
なんでもいいと思っている。
だけど、ふつうそういうことを言って、
反発が大きいものは、
証明が難しいと思うんだよね。
「気にいらないやつは皆殺しにしてよい」
をテーマにしたら、
反対意見がたくさん出るだろう。
それをいちいち反論して、完璧に論破できるなら、
やるべきだと思う。
ただ、2時間じゃ足りないんじゃないかなー、
って思うわけだ。
だから、きちんと論破出来るものにならなくて、
中途半端になるんじゃないか、
と警告したいのだ。
いや、2時間でできる、というならやってみて。
6時間でできる、というのでもいいよ。
それは是非見てみたい。
だけど、多くの人がやろうとしては失敗してきた歴史があるがゆえに、
無理なんじゃねーの?って思っている。
もちろん、へどが出るほど正論をテーマにせよ、
とは言ってもいない。
正解すぎるものではなくてよい。
微妙にどっちか分からないが、たぶんこうだろう、
というのがいいと僕は思っている。
あるいは、おおむね正しいんだけど、
ほんとうにそうだろうか、というあたりが、
やるべきことだと思っている。
だから、ほんとうはなんでもいいんだよ。
きちんと面白いストーリーになっていて、
ラストに「確かにその通りだ」と思えるところに、
きちんと落ちてればね。
もし、それが下手だったとしても、
多くの人が賛同するようなテーマを選んでいたら、
勝手にいいほうに解釈してくれるぜ、
ということを言おうとしているわけ。
あと、資金が集まりやすいよ。
世の中を混乱させ、悪の道に引きずり込む映画に、
人は金を出さないからね。
まあ、そういうのに資金提供するのは、
たいていろくな奴じゃないことはたしかだ。
人には社会的立場がある。
それを否定されてもかまわない連中だということだからね。
テーマは自由なので、
何をやってもいい。
ただし、多くの人が賛同するもののほうが、
作りやすい、というだけのことである。
芸術はいろんなチャレンジをするべきだし、
前の人がやっていないことをするべきだ。
だから、前例のないことに挑戦するのもとても良い。
だから止めはしない。
だけど、初心者のうちは、作りやすいほうを作っておけ、
といいたいね。
初心者ほど逆張りをしたがるから、それを止めようと思っているだけだ。
まず普通を出来るようになりなさい。
出来ないから逆張りして、出来た風を装うのはやめたほうがいい。
なぜなら、
「みんなそれをやってきたから、
それをやろうして失敗することはみんな知っている」からだ。
あなたが提出する先の人たちは、
皆「そこを大体通ってきた人たち」だと思うと、
恥ずかしくて出せないよねえ。
というわけで、
多くの人が賛同するような、
わかりやすくて面白い話にしなさいな。
それが書けるようになったら、
いよいよ、ほとんどの人が納得しないが、
すべてを見たら賛同するしかなくなる、
という悪魔的な物語に挑戦するといいよ。
結構実力がいるよ。
2025年11月10日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック

