高速に打てることとはどういうことか。
なめらかに打てることとはどういうことか。
今回ATCという早打ちをやってみて、
途中で配列をいじる実験をしてわかったこと。
滑らかに繋がってる時は、
それを打つ前から指が無意識に準備している。
仮にXというキーを打とうとする。
AXCという文字列を打つとしよう。
アプリオリな打鍵モデルでは、
Aを打つぞ→指がAのところへ行き、打つ。
Xを打つぞ→指がXのところへ行き、打つ。
Cを打つぞ→指がCのところへ行き、打つ。
のように考えられるだろう。
おそらくタイピング素人が考える打鍵モデルはこうだ。
だから「配列を変える」というときに思い描くイメージは、
「AとXとCの位置を覚える」
になるのだと考えられる。
暗記記憶的なマッピングだね。
実際はそうではない。
それだと実用的には遅すぎるのだ。
今回Xに当たる「ね」や「め」を動かしていた。
で、
まだ慣れてない初期の頃は、
「よし、Xが来た、Xへ指を動かし、打つのだ」
となっていたし、
「よし、Xが来た、こっち……いや、それは前のバージョンだ、
今のXへ指を飛ばせ!」
という混線がたまにあった。
十分な定着の前には、
前の物を消すことも必要なわけだ。
でもこれでは遅くて実用にならない。
一晩寝ると、
前のXに体が反応することが徐々に抑制されるようになる。
誤り信号が仮に出ても、
意識のしきい値以下にしか出なくなり、
意識が感知しなくなるのだろう。
こうして、Xの正しい位置へ指が動きやすくなる。
咄嗟に出ないこともあり、
「えー、X……あ、ここだ」という、
迷うときももちろんある。
そしてそれを0にすることが、
素人の考える定着ではないかと考える。
実際は、この先がある。
この場合、AXという連接だ。
AXという連接を意識した時、
Aを打っている時、ないし打つ前から、
Xの場所へ指が先回りするようになる。
だからAXをスムーズに打てるようになる。
A、Xと2打で打つのではなく、
AXという1回で打つ感覚だ。
XCについても同様だ。
Xを打っている時、ないし打つ前から、
指がCの位置へ行くようになる。
物理的にそのキーの位置へ行く場合もあるし、
その場に指が既にあれば、
意識として先回りしている感覚だ。
これができないと、
AXCという言葉をスムーズに打てない。
これは最初連接単位でできるようになり、
そのうち言葉単位でできるようになる。
たとえば「ぬ」を動かしたときだ。
ぬま、まぬけ、きぬ、ぬぎぬぎ、ぬめぬめ、
など、なるべく逆順も含むように下練習していた。
ところが「犬」を咄嗟に打てなかった。
「い」を打ってるときに、「ぬ」を打つべき指はじっとしてて、
先回りしてくれなかった。
だから、「い……ぬ」みたいになってしまったのだ。
いぬ、ぬいぐるみ、こいぬ、ぬいあと、
などのように逆順をふくめて練習して、
「実験室の犬が」「犬小屋に住む男」
「子犬とたわむれる」などのように、
より文章に近い語を何度も打って、
ようやく指が先回りするようになってゆく。
(間に何回か寝ないと無理だったね)
実際には、
AXを見てXの出番だ、となることはほとんどなくて、
もっと前から出番だぞ、と気づくことが多い。
3文字前か5文字前かは、
文章の構造によって異なるだろう。
こんなふうにして、
すでにXに先回りするようになり、
Xの次のCも先回りするようになり、
と繋がっていって、
はじめて滑らかに打てるようになるみたい。
ボクシングの世界では、
左ジャブと右ストレートは別々に習うけど、
ワンツーという左右を連続して打つ場合は、
左ジャブを引く力を使って右ストレートを送り出す必要がある。
つまり、つながりを作る力が必要で、
単発を連続すればワンツーになるわけではない。
「よし、ワンツーを打とう」と思った時には、
すでに右手は準備を始めているものだ。
こんなふうな連なりができて、
はじめて連接はうまく打てるようになる。
これができるようになることが、
「配列をマスターする」ことだと思う。
とくにカナ配列の場合、
あらゆるカナ同士が連接する特徴がある。
ローマ字は子音→母音、母音→子音、
(と子音→Y→母音、母音→母音)の組み合わせしかないからね。
こうしたつながりのことは、
ほんとにやってる人しか知らないことだな。
配列をただ丸暗記する以上のイメージのできない人も、
世の中にはたくさんいるからなー。
2025年10月31日
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