2025年12月23日

熱量だけで書かない方法

これを書きたい、という熱量だけで書きだすことはよくある。
どうしても書きたいから、これをやるのだ、
と理性で考える前に体が動くものだ。

それはいずれ尽きる。
熱が冷めたら途中で挫折する。
そうして、今日もストーリーの残骸が増えていく。

それではいつまでたっても完成した一本をつくれない。
それを避ける方法は、
熱量だけで書かない方法を身につけるしかない。


アルバイトを考えよう。
その仕事がどうしてもしたい場合はおいといて、
多くのバイトは仕事としてやっているものだ。
だから最低限の仕事で金を稼ぎたいというのが本音だろう。

なので、仕事として脚本を書く、
という態度を身に着けるのはひとつの方法だ。
それじゃあ面白くないって?
仕事だからね。

そして、つまらないバイトでも、
どこか熱量のこもった瞬間があることだろう。
それでいいと思う。

人生は初めから最後まで熱のこもった最高に面白いものではない。
だから、ほとんどは仕事として生きていて、
ある瞬間だけ熱量がぱっと咲くみたいなことを、
そのまま書けばいいんだ。

仕事として生きている瞬間を、熱量こもって書かなくてもいいだろ。
だからつまり、「熱量を使い分ける」ということを、
学ぶとよいのだ。


この場面はそんなに熱量がないから、
さっさとすまして次へ行ってしまおう、
という判断だってありだということだ。

いや、そうした冷めたシーンですら、
何かしらの工夫があるような、
プロレベルの技を身に着けるのはまたあとでよい。
まずは、ストーリーを進行させて、
熱量の高いシーンまでさっさとたどり着くことだね。

その、熱のないシーンが、
あらかじめ用意されていないと、
偶然熱を発見するまでつらいことだろう。
だから、第二のコツとしては、
クライマックスを一番熱量のあるシーンになるように、
用意しておきなさい、ということである。

たいてい熱量をもって書き始めると、
冒頭のシーンだけが熱くて、
どんどん冷めていくことになる。
それは単なる出オチになってしまう。
だからつまらなくなってやめてしまうのだ。

だから、冒頭の熱量の次に必要な熱量のあるシーンを、
始まって15分後とか、30分後に来るように、
あらかじめプロットを組んでおくといいんだよ。
ミッドポイントとか、第一ターニングポイントとかは、
結局そういうことなんじゃないかと思うわけだ。


人間の集中力は15分単位だ。
ということは、最初に熱量があるシーンがあったら、
あと15分は熱量がなくてもいいんだよ。
逆に、その15分後に熱量があるシーンが来ないなら、
離脱してしまう(観客も、作者も)ということだ。

だから、プロットが大事なんだよね。
あらかじめ、熱がこもるシーンがどのように並んでいるかの、
設計をしているか?ということだ。


冒頭はもちろんあるだろう。
15分あたりに、それに匹敵するものはある?
30分あたりは?
45分あたりは?
60分あたりは?
75分あたりは?
90分あたりは?
115分あたりは?

冒頭以外に、7個の、熱量のあるシーンが用意されていれば、
おそらく書き終えることができそうだ。
で、挫折する多くの人は、
「それを用意できていない」から、
最後まで書けないんじゃないかと思うわけ。

え、そんなに爆弾を用意しとかなきゃいけないの?
って思ったかもしれない。
だから最後まで書けていないんじゃないのかな。


執筆とは旅である。
旅に出るのに、トランクにどれくらいの荷物を詰めていくべきか、
ということだけど、
冒頭を含めて、8つの熱量のあるシーンを用意しとくことが、
なにより旅を完走させる条件だということになるわけだ。


で、たいていのアマチュアは、そんなに用意していないから、
途中でどうしていいかわからなくなって、
放り出してしまうのだろう。

逆に、8も用意できていないなあ、と思うから、
なかなか書き始めない、
ということはとてもよくあるわけだ。


そして、最初に議論したように、
クライマックスの熱量が一番高いからこそ、
人は最後まで書き続けることができるんだろうね。
この熱量をクリアしたら、もっと次に熱量のあるシーンがある、
と思えれば、
どんどんテンションは上がっていくだろうからだ。

当然、同じタイプの熱だと飽きてしまう。
つまり、8種の熱を用意せよ。
異なる8種の熱をひねり出せ、ということになる。


ということで、
なぜ最初は熱量をもって書いていたのに、
どんどん冷めてしまうのか、
そして挫折してしまうのかの答えは簡単だ。

一個しか(または高々数個しか)熱源を持っていなかったからだ。
それが死ねば死んでしまうに過ぎないのだ。


その8個の熱量のあるシーンが、
単にランダムではなくて、
関係して存在してなきゃならないって?
そうだよ。それがストーリーだもの。
2時間のストーリーをつくることって、
それくらい難しいんだよ。

単なる面白い熱量のあるシーンだったら、
誰でもできてしまう。
それがストーリーの重要シーンだから、
ストーリーの行く末が気になるんだよな。



熱量のこもるシーンとは、
あなたがどうしても書きたくて、
書いてたらテンションがあがって、
しかもビジュアル的にもおもしろくて、
そしてストーリー上の結節点になっていて、
それらの8つが互いに関連していて、
それらの織り成すものがストーリーになっていて、
そしてラストが一番熱量があって、
俯瞰したらそれがテーマを語っていたのだ、
となるようなものだ。

そうなっていないから、
勢いだけで始めたものは、
うまく完結しない。

つまり、「熱量の計画」というべきものが、
出来ていないからではないかと思う。


一日に原稿にたたきつけられる人間の熱量は限界がある。
仮に1000kcal使うとしよう。
1万kcalの熱量をつくるには10日かかるわけだ。

その10日間、テンションをキープすることは難しい。
だから、熱があったりなかったりするシーンがあると、
調子を合わせられるわけ。
今日はそんなに熱量を出さなくても書ける日だ、
明日は熱量がたいへんに必要なので、
今日は早めに終わって備えよう、
などのように、
内容に応じた執筆計画が立てられるようになる。

その計画どおりに、
自分のテンションをコントロールできるか、
が最後まで執筆できるか、ということになる。

つまり、執筆の台本ができているか、なんだよ。
台本書いてるのに。笑


最終的には、あなたの情熱の総合的な熱量が、
作品の出来を左右する。
あふれんばかりの愛や熱情は人を動かすからだ。

ただ、それが駄々洩れになる無計画ではなく、
コントロールされた、しかしコントロールされていないかのような、
熱情になるべきなのだ。
posted by おおおかとしひこ at 08:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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