これを書きたい、という熱量だけで書きだすことはよくある。
どうしても書きたいから、これをやるのだ、
と理性で考える前に体が動くものだ。
それはいずれ尽きる。
熱が冷めたら途中で挫折する。
そうして、今日もストーリーの残骸が増えていく。
それではいつまでたっても完成した一本をつくれない。
それを避ける方法は、
熱量だけで書かない方法を身につけるしかない。
アルバイトを考えよう。
その仕事がどうしてもしたい場合はおいといて、
多くのバイトは仕事としてやっているものだ。
だから最低限の仕事で金を稼ぎたいというのが本音だろう。
なので、仕事として脚本を書く、
という態度を身に着けるのはひとつの方法だ。
それじゃあ面白くないって?
仕事だからね。
そして、つまらないバイトでも、
どこか熱量のこもった瞬間があることだろう。
それでいいと思う。
人生は初めから最後まで熱のこもった最高に面白いものではない。
だから、ほとんどは仕事として生きていて、
ある瞬間だけ熱量がぱっと咲くみたいなことを、
そのまま書けばいいんだ。
仕事として生きている瞬間を、熱量こもって書かなくてもいいだろ。
だからつまり、「熱量を使い分ける」ということを、
学ぶとよいのだ。
この場面はそんなに熱量がないから、
さっさとすまして次へ行ってしまおう、
という判断だってありだということだ。
いや、そうした冷めたシーンですら、
何かしらの工夫があるような、
プロレベルの技を身に着けるのはまたあとでよい。
まずは、ストーリーを進行させて、
熱量の高いシーンまでさっさとたどり着くことだね。
その、熱のないシーンが、
あらかじめ用意されていないと、
偶然熱を発見するまでつらいことだろう。
だから、第二のコツとしては、
クライマックスを一番熱量のあるシーンになるように、
用意しておきなさい、ということである。
たいてい熱量をもって書き始めると、
冒頭のシーンだけが熱くて、
どんどん冷めていくことになる。
それは単なる出オチになってしまう。
だからつまらなくなってやめてしまうのだ。
だから、冒頭の熱量の次に必要な熱量のあるシーンを、
始まって15分後とか、30分後に来るように、
あらかじめプロットを組んでおくといいんだよ。
ミッドポイントとか、第一ターニングポイントとかは、
結局そういうことなんじゃないかと思うわけだ。
人間の集中力は15分単位だ。
ということは、最初に熱量があるシーンがあったら、
あと15分は熱量がなくてもいいんだよ。
逆に、その15分後に熱量があるシーンが来ないなら、
離脱してしまう(観客も、作者も)ということだ。
だから、プロットが大事なんだよね。
あらかじめ、熱がこもるシーンがどのように並んでいるかの、
設計をしているか?ということだ。
冒頭はもちろんあるだろう。
15分あたりに、それに匹敵するものはある?
30分あたりは?
45分あたりは?
60分あたりは?
75分あたりは?
90分あたりは?
115分あたりは?
冒頭以外に、7個の、熱量のあるシーンが用意されていれば、
おそらく書き終えることができそうだ。
で、挫折する多くの人は、
「それを用意できていない」から、
最後まで書けないんじゃないかと思うわけ。
え、そんなに爆弾を用意しとかなきゃいけないの?
って思ったかもしれない。
だから最後まで書けていないんじゃないのかな。
執筆とは旅である。
旅に出るのに、トランクにどれくらいの荷物を詰めていくべきか、
ということだけど、
冒頭を含めて、8つの熱量のあるシーンを用意しとくことが、
なにより旅を完走させる条件だということになるわけだ。
で、たいていのアマチュアは、そんなに用意していないから、
途中でどうしていいかわからなくなって、
放り出してしまうのだろう。
逆に、8も用意できていないなあ、と思うから、
なかなか書き始めない、
ということはとてもよくあるわけだ。
そして、最初に議論したように、
クライマックスの熱量が一番高いからこそ、
人は最後まで書き続けることができるんだろうね。
この熱量をクリアしたら、もっと次に熱量のあるシーンがある、
と思えれば、
どんどんテンションは上がっていくだろうからだ。
当然、同じタイプの熱だと飽きてしまう。
つまり、8種の熱を用意せよ。
異なる8種の熱をひねり出せ、ということになる。
ということで、
なぜ最初は熱量をもって書いていたのに、
どんどん冷めてしまうのか、
そして挫折してしまうのかの答えは簡単だ。
一個しか(または高々数個しか)熱源を持っていなかったからだ。
それが死ねば死んでしまうに過ぎないのだ。
その8個の熱量のあるシーンが、
単にランダムではなくて、
関係して存在してなきゃならないって?
そうだよ。それがストーリーだもの。
2時間のストーリーをつくることって、
それくらい難しいんだよ。
単なる面白い熱量のあるシーンだったら、
誰でもできてしまう。
それがストーリーの重要シーンだから、
ストーリーの行く末が気になるんだよな。
熱量のこもるシーンとは、
あなたがどうしても書きたくて、
書いてたらテンションがあがって、
しかもビジュアル的にもおもしろくて、
そしてストーリー上の結節点になっていて、
それらの8つが互いに関連していて、
それらの織り成すものがストーリーになっていて、
そしてラストが一番熱量があって、
俯瞰したらそれがテーマを語っていたのだ、
となるようなものだ。
そうなっていないから、
勢いだけで始めたものは、
うまく完結しない。
つまり、「熱量の計画」というべきものが、
出来ていないからではないかと思う。
一日に原稿にたたきつけられる人間の熱量は限界がある。
仮に1000kcal使うとしよう。
1万kcalの熱量をつくるには10日かかるわけだ。
その10日間、テンションをキープすることは難しい。
だから、熱があったりなかったりするシーンがあると、
調子を合わせられるわけ。
今日はそんなに熱量を出さなくても書ける日だ、
明日は熱量がたいへんに必要なので、
今日は早めに終わって備えよう、
などのように、
内容に応じた執筆計画が立てられるようになる。
その計画どおりに、
自分のテンションをコントロールできるか、
が最後まで執筆できるか、ということになる。
つまり、執筆の台本ができているか、なんだよ。
台本書いてるのに。笑
最終的には、あなたの情熱の総合的な熱量が、
作品の出来を左右する。
あふれんばかりの愛や熱情は人を動かすからだ。
ただ、それが駄々洩れになる無計画ではなく、
コントロールされた、しかしコントロールされていないかのような、
熱情になるべきなのだ。
2025年12月23日
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