技術者というのは、自分の技術の高さを誇りたがる傾向がある。
高い技巧のものを褒めて、低い技巧のものを下に見がちである。
それは技術を使うすべてのことに言えそうだ。
だけど、ストーリーって、
技術は関係ないと思うんだよね。
技術の高い脚本やプロットはあるかもしれない。
これまでの歴史を踏まえて、
こうしたほうがより高みに行く、
というストーリー技術の更新はあり得るかもしれない。
でも、それがなんになるのか、
のほうが大事なんじゃないか。
子どもが語るようなストーリーでも、
感動したり笑ったりできるほうが、
よいストーリーなのではないか。
結局、
「何をもたらしてくれるのか」がストーリーだ。
「ううむ、これは技術的にすぐれているぞ」
を見るために、人はストーリーを見るのではない。
これは音楽でも似ている。
演奏者の技巧が素晴らしいとか、作曲理論がすごいとか、
まあ技術的なことは色んなことがあるんだろうけど、
結局楽しいかとか、感動するかとかのほうが、
音楽としてただしい鑑賞のしかただよね。
だから、技術は関係ない、少なくとも観る側にはね。
あなたの技術が優れていようが、
大した事のない平凡なものであろうが、
見ている者にはどうでもよい。
おもしろいかどうか、
感動して残るものになるかのほうが、
よっぽど大事だ。
技術でしかそれを伝えられないならそうすればいいし、
それを使わないでそれを伝えられるならそうすればいい。
やり方は自由なのだ。
ある場面でいう一言が、一生残る人生訓になる。
それは、とても技術的に練られた言葉だろうか?
たぶん、心からの言葉のほうが、一生残るんじゃないか。
ただ、ただの普通な言葉だと残らないかもしれないから、
韻を踏んだり対句を使ったりして、
「特別なことを言っていますよ」という風に、
彫刻を施すことがあるかもしれない。
技巧なんてその程度のものじゃないかな。
「ここ大事ですよ」と赤線を引く程度のものだと。
一番すごいのは、
実はまったく技術を使っていないように見えるような、
技巧を凝らしたものである。
それはみんな単にドキュメントを撮ったかのように、
本物のように錯覚している。
それでいいと思う。
「あー、技術があるな」と思わせたら負けだと思うね。
こないだ自作キーボードイベントに行ったとき、
技術者が集まっているからか、
技術的な話題になることもとても多くて、
でも僕はあまりそれに関心がなかった。
ガジェットとしては面白いけど、
「それを何にどう使うのか」のほうが問題じゃないかとずっと思ってて、
そもそも文字はどう書かれるのか、
ということを抜きにして、
キーボードをどれだけ突き詰めてもしょうがなくね?って思うのよね。
まあ、理系ヲタクの集まりだから、
自然と技術の話になるのはしょうがないので、
それはそれで勉強になるので見ているけどね。
キーボードと違って、
物語というのはすべての人に開かれたものであり、
技術など関係なく見るものだ。
そのストーリーが技巧を凝らしているかはどうでもよい。
おもしろくて、感動するものがあれば、
それでよい。
技術や技巧は、裏方だけがわかっていればよくて、
しかもそれを見慣れた裏方が判別できないものを持ってくるのが、
ほんとうの技巧だと僕は思う。
2025年12月26日
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車とかに例えると、レースに出たいからスポーツカーとかオフロード車が欲しい 渋滞が嫌だから空飛ぶクルマが欲しいが最初にくるのだと思いたいです。
ただ現実としては街乗りだけとか、スタッドレス履かない4WDとかっていう方たちがいらっしゃいますね。
そういう方に限ってパーツがどうこうとかなんかちょっとしたカスタムレベルを言ってるのが技術だけとか見栄えだけいっている方たちかなと。
あくまでも道具であって、キーボード自体がほしいわけではない。キーボードは入力手段の一つなので、物自体よりも、こういう入力ができますというが熱意があるほうが楽しいですね。
単純にキーボードの物理配列とかパーツだけ気にしている人たちのことはコレクターとか評論家に見えてしまい、すごいっすねっていうありきたりの返答でお茶を濁してしまいます()
技術者は技術ヲタクなので、ある程度しょうがないなーと思いますね。
「これまでなかった効率的なエネルギーをつくる」
という大目的に対して、核分裂を使う、
というところには興奮したとしても、
それが爆弾に使われて、放射能汚染があるところまで、
思いつかなかったのではないでしょうか。
どうやって良く切れる刃物をつくれるか、
までしか技術者の範囲でしかなくて、
人を切るか台所で使うかは使う人が決めるものです。
何に使うかのほうが重要ですね。
人を切りたいなら刃物でない方法もあるし。
たとえ苦手な方法でも、完遂したほうがえらいし。
同じ事をやるのに毎回同じ事をするのもクリエイティブではないし。
手段の目的化、とよく言われますが、
そうなってはならんと思いつつも、
そうした領域で新技術が発見されるのもよくあることです。