Twitterランドを見ていても、
色んな現実での喧嘩を見ていても、
「XはYだよな」
「そんなこと言ってねえだろ」
「Yって言っただろ」
「俺はXって言っただけだ、そこまで言ってねえ」
「言っただろ」
「言ってねえ」
というのをよく見かける。
これは、Xを自分側に引き付けて、Yだと解釈していることから来ると思う。
つまり、能面効果である。
能面は、それ自体は白いただの面なのに、
見る側が、そこにいろんな感情を投影した結果、
怒って見えたり、悲しんで見えたり、
笑って見えたりなどする。
もちろん、その投影する感情とは、
文脈に与えられ、役者がそういう芝居をするから、
まるでそのように思っているかのように、
無表情に表情がつくのである。
これが、意図しない投影も引き起こすことがある。
能面なのに、何も言っていないのに、
見る側が、「ははあ、これはYのことだな」
と解釈を引き出してしまう場合だ。
これは、自分の興味の高いYに似ていることならば、
なんでもYに引き付けて考えてしまう、
人間の性質のような気がしている。
好きな人のことはなんでも知りたいんだよな。
だからY(その人)のことに全部引き付けて考えてしまう。
恋している状態なら綺麗かもしれないが、
おっさん対おっさんの誤解の話だと、
まあ見る影もない、
誤解や先入観の戦いになるわけね。
これは、わりと誘導尋問とか、
心理のコントロールに使える手でもある。
実際はXの話しかしていないのに、
Yに興味があることを知っていたとして、
なるべくYに誤解するように話すると、
その人はXの話しかされていないのに、
Yのことだと勘違いして暴走するというのはよくあることだ。
悪いことにも使えるし、
色恋営業にも使えるかもしれないね。
さて。
なぜ我々は感情移入できるのか、
の答えがこれである。
Xの話をしているのに、
勝手にYという自分に引き付けて考えてしまうから、
感情は移入するのだ。
ただXの話ならば、関係ないや、
ということで終わってしまうが、
Xという他人の話を聞いているうちに、
自分のYにとても近いのを発見して、
がんばれ、Yを乗り越えるんだ、
という風に応援しだすのが、
感情移入の正体ではないかと僕は考えている。
ということは、
そうしやすいように、
誘導するとよい、ということになる。
あれ?あの子、俺を好きなのかな?
と勘違いさせる色恋営業のようにすればいいのだ。
具体的にどうするかまでは奥義までわかっているわけでないので、
さわりしか分からないのだが、
「隙を見せる」といいと思っている。
つまり、
「XともYともとれるような、
曖昧で隙のある発言」にすれば、
勝手にその隙間を相手がYに埋めて解釈する、
ということだ。
だから、Xを描くときは、
バチバチに定義された、
条件の厳しいXを描くよりも、
まあ大体X、という荒っぽい、
隙間のあるように描写しておくといい、ということになる。
完全に細かく定義する世界観描写などは、
むしろいらないのだ。
Yと違ってしまうからね。
それよりも、隙間があり、
XでもありYでもあるような、
ゆるい描写のほうが、
相手が入り込む余地がある、ということになる。
物語に必要なことは細かく定義する必要があるが、
(聞いてないよ、になるとつまらないので)
使わない部分は、
わざと曖昧にしておくのがいいのだ。
そうすると、
そこに想像の余地が生まれ、
Xでもあるが、Yでもある、
のように、勝手に解釈してくれるというわけだね。
人は自分に引き付けて考えがちだ。
それって俺のことだよね、
それって俺の経験したことに似ている、
それってそっちの世界の俺のことかもしれない、
なんて思ったら、
感情移入がうまく行っているってわけだ。
もちろん、私たちはXの話をしている。
しかし、YにもZにも引き付けて考えやすいような、
話し方をするといいのだ。
2026年01月02日
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