2026年01月27日

何かまとまったものが「おはなし」である

何かネタがあるとしよう。
そのことについて話すとする。

その場で終わって、何か会話を生んだとしよう。
でもそれで終わるだけの規模の小さなものは、
ストーリーまで発展しない。


ストーリーになるものは、
そうしたネタを何個〜何十個集めたものだろうか?

それも違うと思う。
関連しないネタをいくら数集めても、
ストーリーにはならないのだ。
それはギャグ百連発と同じである。

(吉本ギャグ百連発という伝説のビデオがあったなあ。
一発ギャグのみ百発並べるという、
吉本新喜劇を見てきた人にはたまらん内容であったが、
見たことない人は、何が面白いのかわからないものであろう)


ストーリーになるのは、
そのネタたちが、有機的なつながりを持ち始めたときだ。
あれとあれが関係している、
これとこれがつながっている、などだ。

そしてさらに、因果関係がストーリーになるのは、
「一本の、はじめから終わりまでのつながり」ができたときだと思う。

今また新作のアイデアを考えているのだが、
ブラジル農園とコーヒーの話と、
少年野球の話がネタ帳にはある。
だけど、散発的なものばかりで、
まだ強力な一本の筋にはならなさそうだ。

ここに、一本の強力な何かが生まれ、
頭から尻までを通して、
テーマを語れそうなものがつくれたら、
ストーリーになると思われる。

ネタ自体は面白そうなんだよな。
だけど、それらが点でしかなくて、
つまり飲み会で30分くらい話す程度のネタにすぎず、
2時間の集積した何かにはならなさそうなんだよね。
2時間語るべき何かになるなら、
それはストーリーになりそうだ。
少なくとも論文にはなるんじゃないかしら。

論文になるには、
有機的なつながり、因果関係と、
はじまりと終わり、結論が必要だろう。

それに加えて、ストーリーにするには、
主人公の動機と行動と結果と意味、
対立するなにか、
展開のいくつかの重要ポイント、
魅力的な登場人物、主要エピソード、
代表的な、そのストーリーのテーマを象徴する場面、
などがいると思う。

なので、ネタを集めても、その先ストーリーにはならないことが多い。


まずネタをつなげていって、
論文を書くくらいにはなったほうがいいかもしれないね。
論文というと大げさだから、
紹介記事1万字程度と考えたほうがいいかもね。

それを煮詰めているとストーリーが誕生するかもしれない。
posted by おおおかとしひこ at 08:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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