たまさか先日小劇場を見に行ったんだけど、
生の演劇を見て、強いなー、と思ったんだよね。
以下ネタバレなし進行。
やっぱり生で役者さんが汗かいてやってるから、
「これから大事なことを言います」
というニュアンスになったときは、
やっぱりじっと待っちゃうんだよね。
それが大したことがなくても、
まあ次があるか、と、
生で見ているがゆえの許しがあるんだよね。
役者がセリフを多少噛んでも、
リアルならそんなこともあるやろ、
とあまり気にしないよね。
生でやってるというのはそれだけでかい。
ちょっとした間でも待てる。
これが、映像による収録で、
編集前提だとそうはいかない。
ちょっとした間はカットしろや、と思ってしまう。
そして何より、
生でやるよりも映像を撮って編集するほどの、
「だいじななにか」があるだろう、
という前提で見るってことだよね。
わざわざ映像に作るのだから、
とても大事なことを、わかりやすくやるものなのだ、
という前提があると思う。
そして、それが大したことがなかったら、
演劇の生感のほうがひりひり来る分楽しいってなってしまう。
CGは、さらにベールがかかっている。
生の演劇のベールがかかった映像の、
さらにベールがかかってしまったものに見える。
どんどん生感と遠くなる。
今そこで起こっている大切なこと、
ではなくて、
そこで起こっているていの、編集された、
整理されたもの、
でもなくて、
最初から計画された、完全に制御できるもの、
になる。
それは、物語と遠い気がする。
CGアニメーションならば、
その世界の完成度で勝負するから、
完全に制御された作者の意図が完全に反映されている世界を楽しむ。
しかしアバターはリアルワールドというていなので、
作者の意図が完全に反映されていることを前提とはしていないし、
そもそも物語は世界ではない。
ということで、
CGメインの話って、
演劇の二重ダビングみたいになっている。
だからつまらないんだろうなあ。
この話を演劇でやれば、
それなりにまだ見れるものになると思う。
ただ群像劇すぎて、
結局何が言いたかったのかは、全然わからないけどね。
2025年12月25日
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