2025年12月30日

令和版「ベティブルー」(「ナミビアの砂漠」評)

私小説的に過ぎるなー、
などと思っていたら、
後半、ベティブルーかよ、って思った。

昭和、男がつくったベティブルー、
令和、女がつくったナミビアの涙、
と比較されるのではないだろうか。

以下ベティブルー含めたネタバレ。


まさかの精神病かよ。
奔放で、暴力的で、二股かけて酒もたばこもホストもやる、
ヘンテコ女がまさかの精神病展開。
そしてそれは解決をしない。

ベティブルーは解決しただけマシなのかしら。
ちなみに死に落ち。
なんか終わらせるために終わらせた感があったけどね。

男がつくったベティブルーは、
他人だから死んでおしまい。
女がつくったナミビアは、
自分だから決して死なない。

そんな差があったかな。


これ、
男女が逆だったら、
つまらない話だなあと思っていた。

暴力的で、二股かけて、仕事もやめて、
クリエイターの女にやしなってもらってる男が、
隣の男とキャンプに遊びに行き、
精神病でしたなんて落ちで、
解決もせず飯食って笑っておしまいなんて、
ひどい映画だろ。

なんで女だと許されるんだろうか?
そういう最初の映画だからだろうか?

メンヘラが精神病と診断されれば、
すべて許されるのだろうか?
診断書があれば、逆に暴れ放題になるのか?
黄門の印籠の免罪符のように。


何が描きたかったんだろう。
全然わからない。
わかったところで、
あんたの私小説だよな、でしかない。
令和の日本の闇に現れた感覚ではあるが、
それがよいとも思えない。
ベティブルーを見たときの、
後味の悪さより悪くないので、
どうしたらええねん、しか残らない。

こういうのは、外国が賞をあげがち。
外国なら身につまされないからね。
どんづまりすぎて、絶望しかないだろう。

なんであの男はあの女が好きなのか、
全然わからないよ。
車椅子にしたから、罪悪感があるのだろうか。
さっさと別れればいいのに。

そこがファンタジーなんだよな。
男が女二人にもてる話を書いて、
ウハウハしているのと、
対称性があった。
女がイケメン二人にもててウハウハしている妄想。


私を愛してるか、ひどい行為をする行動を、
「ためし行動」というのだそうだ。
「私が欲しかったら、その火を超えてきなさい」
というのもそういうことらしい。
めんどくせえ。

鼻ピアスは、僕は自傷行為だと思っている。
こんな醜い私でも愛せるの?という。
ためし行動だと思うな。
めんどくせえ。
その人間の自意識のめんどくささを描くのが一種の芸術なら、
まあできてるが、
誰も幸せにならない。

posted by おおおかとしひこ at 01:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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