私小説的に過ぎるなー、
などと思っていたら、
後半、ベティブルーかよ、って思った。
昭和、男がつくったベティブルー、
令和、女がつくったナミビアの涙、
と比較されるのではないだろうか。
以下ベティブルー含めたネタバレ。
まさかの精神病かよ。
奔放で、暴力的で、二股かけて酒もたばこもホストもやる、
ヘンテコ女がまさかの精神病展開。
そしてそれは解決をしない。
ベティブルーは解決しただけマシなのかしら。
ちなみに死に落ち。
なんか終わらせるために終わらせた感があったけどね。
男がつくったベティブルーは、
他人だから死んでおしまい。
女がつくったナミビアは、
自分だから決して死なない。
そんな差があったかな。
これ、
男女が逆だったら、
つまらない話だなあと思っていた。
暴力的で、二股かけて、仕事もやめて、
クリエイターの女にやしなってもらってる男が、
隣の男とキャンプに遊びに行き、
精神病でしたなんて落ちで、
解決もせず飯食って笑っておしまいなんて、
ひどい映画だろ。
なんで女だと許されるんだろうか?
そういう最初の映画だからだろうか?
メンヘラが精神病と診断されれば、
すべて許されるのだろうか?
診断書があれば、逆に暴れ放題になるのか?
黄門の印籠の免罪符のように。
何が描きたかったんだろう。
全然わからない。
わかったところで、
あんたの私小説だよな、でしかない。
令和の日本の闇に現れた感覚ではあるが、
それがよいとも思えない。
ベティブルーを見たときの、
後味の悪さより悪くないので、
どうしたらええねん、しか残らない。
こういうのは、外国が賞をあげがち。
外国なら身につまされないからね。
どんづまりすぎて、絶望しかないだろう。
なんであの男はあの女が好きなのか、
全然わからないよ。
車椅子にしたから、罪悪感があるのだろうか。
さっさと別れればいいのに。
そこがファンタジーなんだよな。
男が女二人にもてる話を書いて、
ウハウハしているのと、
対称性があった。
女がイケメン二人にもててウハウハしている妄想。
私を愛してるか、ひどい行為をする行動を、
「ためし行動」というのだそうだ。
「私が欲しかったら、その火を超えてきなさい」
というのもそういうことらしい。
めんどくせえ。
鼻ピアスは、僕は自傷行為だと思っている。
こんな醜い私でも愛せるの?という。
ためし行動だと思うな。
めんどくせえ。
その人間の自意識のめんどくささを描くのが一種の芸術なら、
まあできてるが、
誰も幸せにならない。
2025年12月30日
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