2025年12月30日

他責(「ナミビアの砂漠」評2)

なんかずっと気になってた。
女さんって、「自分は悪くない、〇〇が悪い」って、
すぐ他人に責任擦り付けるじゃないですか。
これも、男が悪い、出自が悪い、職場が悪い、
って言っているように思えたんだよね。

以下ネタバレ。


精神病になったら、
自分が悪いっていうのも無罪放免、
という意識が透けてみえたように思う。

一時的に車椅子になったときに、
風邪をひいて甘えた子どものように、
なんでもかんでも要求する姿があった。
これは、車椅子という免罪符の代わりに、
全能感を手に入れた感じがしたんだよね。

それのパワーアップ版が、
精神病というものだと思った。

「私のことを知りたいです」というのは、
いい加減な精神科医への突っ込みなのかもしれないが、
診断書が出れば、「私は〇〇病なのだ」と責任の所在が明らかになるから、
ではないかと思ったんだよね。


私は悪くない。
北海道へ行った彼氏が風俗に行ったから悪い。
あるいは、なんか弱っちくて、物足りない彼が悪い。

私は悪くない。
中絶を強要した彼氏が「関係ない」と言っているのが悪い。

私は悪くない。
情弱客をカモっている、医療脱毛ですら、毛は生えてくるのだから、
そんな職場が悪いのだ。
後輩もかわいくないし。

私は悪くない。
キャンプが退屈なのが悪い。

そして、私を楽しませてくれるものだけを、
求め続けていた。
誰かを楽しませたり、誰かに親切にしたり、
誰かに無償の何かを与えることはなかった。

実は、そこが病なんじゃないか、って思ったんだよね。

この、「私は悪くない」という他責思考は、
女によくみられる。
男にもないわけではないが、
男は「自分が悪い、自業自得だ」と考えがちな人が多いように思う。
だから自殺は男のほうが多いんじゃないだろうか。
自殺の原因は死んだ人に聞かないとわからないが。


だから離人症になりやすいんじゃないか、
私は悪くないのだから。

反省もしないし、与えられるだけしか考えていないし。
世界に対して何かをなす、ということがなくて、
利用するか捨てるかしかないんじゃないかしら。

なんで「関係ない」といったことに、
あれほど切れたのか、よく分からないんだよね。
私と関係しようとしないあなたが気に食わない、
ということしか言っていないような気がしてね。

こういう部分は、女の醜い部分だと思う。
それを描くのが芸術なのだ、
というのなら、よくできていた。
だけど、それって面白いのかな。

女さんたちが、今まで映画に描かれていなかった、
しかし実在する感情について、
描かれている、と思うのは、わからなくもない。

でも恋人はなぜかイケメンで、服もおしゃれだし。
少女漫画で、なぜかイケメンがブスに告白するみたいな、
現実と違うちぐはぐさを感じる。

そのへんはさんざんリアリティがねえよ、
と男の作者には突っ込みが入るが、
まだ女作者には、そういう洗礼がされていないのかもしれない。
これはご都合でしょ、願望を書いただけでしょ、と。


願望は芸術になりえるか、という問題はある。
「ベニスに死す」の気持ち悪さは、芸術だろうか?


会社を休みたい、
精神病の診断結果が出ればいいのに、
と思っている人たちはいっぱいいるだろう。
そうしたらみんな優しくしてくれると。

そんな集合的無意識を掬い取っている、
そんな気がした。

だから彼女は治らないと思う。
一生、あの牢獄の中にいるだろう。
それを望んでいるのだから。
私のせいじゃなかった、病気のせいなんだ、という楽園だから。


(追記)
僕は一貫してメンヘラとは書かず、
精神病と書いた。
メンヘラは精神病のとば口であると思ってるので。
メンヘラが10年蓄積すれば精神病までいくよ。
posted by おおおかとしひこ at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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