構成をしっかりしよう。
ブレイクシュナイダーの理論を守り、
三幕構成理論を守るのだ。
それで得られるのは何か。
予定調和だ。
予定調和はいい意味でも悪い意味でもだ。
いい意味では、「分かりやすくなる」ということが考えられる。
型にはまっているので、
ストーリーの型として理解しやすい。
こういうことが欲しい、というときにズバリと答えられる。
王道の型というのはそうしたものだ。
しかし、そこから外れている構成だと?
安心感がなく、どこへ連れていかれるのかわからない。
つまり、信用ならないということだ。
その代わり、
王道ではできないことができる。
そこについてくるかどうかは、
観客がストーリーにひかれて、夢中になっているときだけだ。
一瞬でも離れたら、
たぶん帰ってこないだろう。
型にはまった王道は、
これをこうしたらこういう意味になる、
などのように、
決まった形や対処法がある。
しかし、王道でないものは、
何をどう手術すればよくなるかは、
やってみないとわからないので、
とても効率が悪いだろう。
変な手術をしたら、
もう二度と前の状態には戻れなくなる。
王道ならば、型に戻れば安定する。
構成、構成、と脚本の教科書がいうのは、
この王道から外れないためだ。
若いころは、王道から外れた新しいものをつくったろ、
などと燃えるものだが、
まあそれは王道で面白いのを作って、
「いつでもこの型に戻ればいける」
という確信が得られてからでよい。
基本というのはそれくらいには大事だ。
今書いているやつは、
これまでの型にはまらないものなんだけど、
うーん、どうしていいかわからん、
と思った瞬間に、
型にはめたくなってしまう。
それでこの自由な不安がそがれるのが、
とても困っていて、
型にはめるべきかなー、
それともこの不穏なものをそのまま保ったまま考えるかなー、
ということに迷っている。
最終的には型にはまるかもしれないが、
なんか整形した人みたいに、魅力がなくなりそうで怖いんだよなー。
基本構成理論は、
逆にいうと、
第一ターニングポイント、第二ターニングポイントだけ守っとけば、
大体なんとかなる、
ということを言っている。
この二つのへそだけ守る、
というのは一個ありかもしれない。
2025年12月30日
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