新配列を習得するは「配列を習得する」を習得することである
https://note.com/catfist/n/ne5ccf726260a?sub_rt=share_pb
配列を触ったことのない人むけに、
補足しとくか。
その配列の設計思想を、
自分のところに取り入れる感覚の具体例。
まずローマ字の例。
左右母子分離型の、
「左右交互打鍵」は比較的受け入れやすい。
「歩く」と同様に、
左右、左右……と行くのはわかりやすく自然だろう。
「ん」専用キーも受け入れやすい。
ローマ字で、N、NN、NNNを考えなくて済むので、
メリットがとても大きいからだ。
ただそのデメリット、
「キーが1個増えるので、何かが1個足らなくなる」
は受け入れがたいかも知れない。
さいわいqwertyは30必要ではなく、
;や/があるので、これを減らしても大丈夫、
というのは受け入れやすいだろう。
あるいは、
「日英共用なので、『ん』専用キーはつくらない」
も受け入れやすい。
qwertyがそうだからだね。
つまり、
「新しい事を導入しても、
前と変わりないのに効率は良くなりますよ」
は受け入れやすい。
「まるっと概念が変わります」は、
受け入れがたい可能性があるね。
たとえばフリックは、
「行キーから4方向に滑らせる」
は、「新しい概念」であり、
「キーを叩く」とは異なる概念だ。
「フリックに慣れない」といまだに言う人は
(驚く事に過半数はスマホでqwertyを使っている。
若年層ではフリックが大半だが)、
この概念を取り入れてないからだと思われる。
行段系であること、滑らせること、
物理フィードバックが不要になることを、
取り入れられてないのだ。
タッチパネル式の操作を見ていると、
おばちゃんの年代あたりから、
軽く触れて離す「タッチ」ではなく、
ガラス面からの物理フィードバックがあるしきい値を超えるまで、
強く押し込む「ボタン式」の操作をしてる人をよくみかける。
バネとスイッチという仕組みではなく、
電位差変化の時間で判定している、
ということを取り入れていないわけだ。
カナ系でよく使われる同時打鍵が苦手な人がいる。
一方できる人もいる。
たとえばピアノ経験者は同時打鍵が基本だから、
なんの苦にもならないだろう。
これも、「すでにあるものを使う」だけで、
実は新しい概念を取り入れたわけではない。
おそらく同時打鍵ができない、苦手な人は、
「同時打鍵という新しいスキルを獲得する」
が出来なかった人なのだろう。
あるいは、
「新しい事を取り入れないとスキルにはならない」
と思ってないか、かなあ。
他にも各配列の設計思想というものがある。
1モーラ1アクションは、
「同時打鍵を使ってでも、
1単位と1動作を合わせるべきである」という概念。
機能キーが配列内にある場合は、
「文字入力だけじゃなくて、
変換確定までが入力」という概念。
アルペジオ中心の打鍵は、
「指と文字が一続きになるべきで、
続け字のようなものである(リズムは等拍でなくてよい)」
という概念。
薙刀式なんかは「シフトにしてでも中央指で」だし、
新下駄なんかは「単打にしてでも外側」と、
反対の感覚の概念を用いている。
結局、
その新しい概念を自分に取り入れて、
自分のものにできるか?だと思う。
すでに自分ができることの中でなんとかする人と、
新しく自分を更新しようとする人がいる、
ということだ。
そして多分後者は少なくて、
だから配列のマスターは難しいと思われてるのかもね。
たとえば僕はバク転ができない。
このスキルが身についたら世界が変わるかもしれない、
とたまに思う。
バク転しながら学校に行く、みたいなトンチキなことに憧れている節もある。
でもやれないので、世界は変わらないんだろう。
それができたら世界は変わる。
そんなことをできる人は当たり前に言っている。
新配列なら最近は動画もある。
変更されたあとの世界が、
見えやすくなっていると思う。
親指シフトガーとか、飛鳥ガーとか、
テキストで言い合ってた頃に比べれば、
その先の世界が部外者にも見えやすくなった。
あとは、それを新しく獲得して、
自分の中に取り入れられるかどうかだ。
やってみたけどダメだったなら、
残念としか言いようがない。
でも別のことならできるかもね、
と背中を押そう。
全員が歌が上手いわけではなく、
全員がバク転できるわけでもない。
だけどそんな人にもできないことがあり、
それはあなたができるようになるかもしれない。
つまり、やってみるまで誰にもわからない。
僕がいう「やってみなよ」は、
ここまで含むんだけと、
なかなか伝わらないので、
噛み砕いてみた。
2026年01月09日
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