2026年02月17日

骨から直す

脚本をリライトするとき、
どこから直そうか。
セリフの微妙に気になるところ?
ページネーション?
キャラ設定?
それは細かい、枝葉末節だ。
もっと骨から直すのだ。


骨が歪んでいたら、どんなにディテールを直してもよくはならない。
おもしろさとはまず骨に依存するからだ。
しっかりしたおもしろい骨に、おもしろいディテールがぶら下がっているから、
脚本はおもしろくなるのだ。

骨とは何か。
センタークエスチョンかな。
テーマでもある。
この話はどうなったら終わりなのかが、
きちんとみんなが把握した状態で進んでいるか?かな。
たったひとつだけ骨をあげるとしたらこれか。

つまりこれがしっかりしているということは、
事件がしっかりしている、
解決がしっかりしている、
そしてその解決がどういう意味をもたらすか、
その意味がしっかりしている、
ということになるからだ。
これらがしっかりしていないと、
どこかセンタークエスチョンに、真剣に身が入らなくなってしまうと思う。

本気で心配していないと、ストーリーは面白くならないと思う。

なので、その骨がまずできているのか?
から直すべきだと思ったよ。

仮にしっかりしていても、平凡な場合もあるよね。
平凡だがしっかりしているものと、
非凡だが不安定なものだったら、
後者のほうが面白い可能性だってあるよね。
だから、しっかりしてて、非凡を目指さないといけないわけだ。

それは、大体骨で決まる。
どういう事件なのか、なぜそれを解決したいのか。
主人公はそれを解決することで何を得るのか。
テーマは何か。テーマに落ちるように構造はできてるのか。

斬新か。
斬新であってかつ王道か。
(王道だからつまらないのではなくて、
つまらない王道をつくっているからつまらないのだ。
多くの人が入り込める、新しい王道をつくらないと、
王道をつくったことにはならない)

そこらへんが出来ていないと、
どんなに工夫しても表面の改訂だけで終わると思う。


骨を直したいときは、文面を一切みないことだ。
感覚だけで全体をとらえて、
感覚だけで正しい骨を想像しなおすことだ。
そしてそれが出来たら、文面を読んで、
「さて、どういうディテールで答えようかな」
と考え始めることになるだろう。

骨はなんだ。骨子はなんだ。
構造はなんだ。なぜその構造でそのテーマに落ちるのか。
そして、なぜその落ち方ですべて満足するのか。
骨だけでとらえて考えられるかで、
この先のリライトの質が変わってくる。
posted by おおおかとしひこ at 05:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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