脚本をリライトするとき、
どこから直そうか。
セリフの微妙に気になるところ?
ページネーション?
キャラ設定?
それは細かい、枝葉末節だ。
もっと骨から直すのだ。
骨が歪んでいたら、どんなにディテールを直してもよくはならない。
おもしろさとはまず骨に依存するからだ。
しっかりしたおもしろい骨に、おもしろいディテールがぶら下がっているから、
脚本はおもしろくなるのだ。
骨とは何か。
センタークエスチョンかな。
テーマでもある。
この話はどうなったら終わりなのかが、
きちんとみんなが把握した状態で進んでいるか?かな。
たったひとつだけ骨をあげるとしたらこれか。
つまりこれがしっかりしているということは、
事件がしっかりしている、
解決がしっかりしている、
そしてその解決がどういう意味をもたらすか、
その意味がしっかりしている、
ということになるからだ。
これらがしっかりしていないと、
どこかセンタークエスチョンに、真剣に身が入らなくなってしまうと思う。
本気で心配していないと、ストーリーは面白くならないと思う。
なので、その骨がまずできているのか?
から直すべきだと思ったよ。
仮にしっかりしていても、平凡な場合もあるよね。
平凡だがしっかりしているものと、
非凡だが不安定なものだったら、
後者のほうが面白い可能性だってあるよね。
だから、しっかりしてて、非凡を目指さないといけないわけだ。
それは、大体骨で決まる。
どういう事件なのか、なぜそれを解決したいのか。
主人公はそれを解決することで何を得るのか。
テーマは何か。テーマに落ちるように構造はできてるのか。
斬新か。
斬新であってかつ王道か。
(王道だからつまらないのではなくて、
つまらない王道をつくっているからつまらないのだ。
多くの人が入り込める、新しい王道をつくらないと、
王道をつくったことにはならない)
そこらへんが出来ていないと、
どんなに工夫しても表面の改訂だけで終わると思う。
骨を直したいときは、文面を一切みないことだ。
感覚だけで全体をとらえて、
感覚だけで正しい骨を想像しなおすことだ。
そしてそれが出来たら、文面を読んで、
「さて、どういうディテールで答えようかな」
と考え始めることになるだろう。
骨はなんだ。骨子はなんだ。
構造はなんだ。なぜその構造でそのテーマに落ちるのか。
そして、なぜその落ち方ですべて満足するのか。
骨だけでとらえて考えられるかで、
この先のリライトの質が変わってくる。
2026年02月17日
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