2026年01月23日

【薙刀式】100年前のデッドロック

現在のキーボードは、100年前のものがデッドロックしたまま、
ずっと引き継がれてきたものだ。
それは100年前の流行歌がデッドロックして、
まだ聞かれていることと同じだ。

もちろん100年前の名作を味わってもよいが、
その曲しか選択肢がないのは変じゃない?

なぜqwertyが独占したのか、
少し歴史を俯瞰してみようか。


1. qwertyの誕生とレミントンタイプライターの独占

qwertyはレミントンタイプライターの配列である。
発明者のショールズは、
ABC順の配列から始めて、
徐々に改良していったらしいことが、
安岡さんの研究によって推定されている。

当時のタイプライターはまだ様々な配列があり、
メーカーごとにバラバラであった。
すべて大文字しか打てなかった。
一つのキーに一つのアルファベットしか対応してなかった。

ところがレミントンタイプライターには、
シフトキーという発明があった。
一つのキーに大文字レイヤーを作り、
デフォルトでは小文字になるという考え方だ。
(実際には印字ハンマーを二段積み、
シフトキーで物理的に移動する機構だ。
ここが特許部分)

これでレミントンが人気になった。
ライバル社は26×2=52キーの大文字小文字が別々にあるタイプライターを作ったが、
物理的に高価だし、使いづらいことで、
シフトキーに軍配があがる。

レミントンは野心的な企業家で、
鉄加工のタイプライターは、
銃などの兵器を作る企業でつくられた。
だからいろんな企業を合併してつくる、
企業家としてレミントンはアメリカにタイプライターをひろめていく。
ライバル会社を買い取り、寡占状態をつくることで。
これは今なら独禁法に引っかかるけど、当時は合法だ。
(ここ詳しく調べてないので間違ってたら指摘してください)

ということで、タイプライターはすべて同じ配列になった。
レミントンはタイピスト秘書を育成して、
コンテストを開催して、
優秀なタイピストを各企業に送り込んだ。
彼女たち(タイピストは女性の社会進出のための、
重要な職業とされた)は、
各企業でレミントンを使い、広まってゆく。
何に近いのかな、ヤクルトの企業販売みたいな?

タイプライターは今のPCのように、
誰もが使うものではない。
タイピストという専門家の道具で、
それ以外の99%の人は、それがなんであれ気にしないだろう。
(今も昔も高価なもの、という点では変わらないから、
一度買ってしまったら容易に交換出来なかったのもあろう。
もっとも、別の選択肢はなかったのだが)

タイプライターは手書きの清書だけが用途ではない。
当時ようやく世界をつなぐ通信網ができて、
モールス信号でやり取りが始まっていた。
それを符号化、復号化する道具が必要で、
そのUIにタイプライターが使われた(電信タイプライター)。

世界のニュースをいち早く本国に伝える記者たちが、
タイプライターを使ったわけだ。
電信以外にニュースを伝えるには、
船で帰るか手紙を出すかしかない。
国際電話は今も昔も高い。
伝書鳩は海外まで飛ばない。
電信タイプライターは、確実に世界の距離を縮める道具だった。

そこに、すでに秘書タイプライターで寡占していた、
レミントンが入り込んだ。
大文字小文字が使い分けられるからで、
タイピストが多くいたからで、
決してqwertyが優れているからではない。


さて。
qwerty配列は、
その並びによって独占的配列になったわけではない。
レミントンが独占したから独占したのだ。
企業家レミントンの寡占戦略が当たったから、
普及しただけだ。

qwerty配列およびタイプライターの発明者
(研究者)はショールズであるが、
販売者(営業)はレミントンだ。
営業が優秀で、研究者の商品をいち早く売った構図だ。

アップルを作ったのはウォズニアックだが、
それをカッコイイ企業として仕立て上げたのはジョブスだ。

アップルはとてもいいデザインだが、
qwerty配列は大したデザインではないだけだ。

実際、ショールズはqwerty配列を改良して、
さらに良い配列を提案していたそうだ。
だけどレミントンはそれを採用しなかった。
市場が混乱するからだ。
「すでに広まったものが浸透しているのだから、
このままでよい」
としたわけだ。

商売人としては正しい。
だけど、
「世界を良くする」人としては相応しくない。

人類は、レミントンという我の強い小物によって、
qwertyを使い続ける罪を背負った。


当時の人々は、qwertyの欠点に気づいていないと思う。
「叩いたら印字される、印刷所を通さない画期的な発明」
「船便に乗せなくても瞬時に文字を送れる発明」
「タイピスト秘書を雇えばいい」(印刷所、船便より安い!)
と、メリットのみを見ていただろう。
打つのはタイピストであり人々ではなかったからだ。

おそらく秘書たちは数年打っただけで結婚して引退しただろう。
職場の花みたいなものだ。
どんどん咲いてる花に取り替えられただろう。
そして、仮に彼女たちが手を痛めても、
補償など何もなかったに違いない。
労働者の権利を主張して団結するのは、このあとの時代だ。
つまり当時の炭鉱夫と同様、
咳が出て肺が病めば使い捨てにしていたはずだ。

労働者の第一の条件は健康であること、
ぐらいであったろう。
効率性が言われるのは21世紀まで、
あと100年待たなければならない。


2. Dvorakの挑戦と失敗

Dvorak博士はqwerty配列の非合理性に気づき、
より合理的なDvorak配列をつくった。
当時最も電信の必要性の高かった、
アメリカ海軍に売りに行った。

海軍は現場の効率があがるなら、と真剣に検討したが、
すでにqwertyタイピストがたくさんいたため、
「再訓練と切り替えのコスト」を高く見積もった。

現代の常識ならば2週間程度で一通り出来て、
1か月もあればqwertyに匹敵して、
数ヶ月あれば超えることはわかるのだが、
当時はどれくらいかかるか不明だった。

その間通信を止める事ができないので、
検討の結果見送ったのだ。
(資料がないので確認できないが、
たしか訓練期間を1か月と見積もったはず。
その程度では凌駕しないのだが、
そのコストをかけてqwertyより速くならない、
と結論づけたそうだ)

兵隊も炭鉱夫同様使い捨てである。
健康被害?知らんがなの世界だ。
速度が同程度でも、通信兵が長く使える、
という観点をDvorakは主張出来なかったのだろう。


合理性とは速度である、
という誤解がこの時代から既にあった。
レミントンのタイピングコンテストからそうだ。

合理性は人への負担を減らす、
という観点からの論点がなかったのだね。

なお、エルゴノミクスという概念が生まれるのはこのあと。

戦闘機の操縦席が寝転がって操縦するものだったため、
パイロットが苦痛を訴えて椅子に座らせたのがはじまり。
奴隷船に黒人を寝転がせて、
頭、足、頭、足とならべて、出来るだけ詰めて運んで、
半分以上死んだとかいう野蛮人のやることだ。
パイロットを椅子に座らせるなんて、
よくやったものだよ。
(パイロットの育成コストを考えれば、
椅子のコストは我慢できるという判断なわけだ)


3. PCとIBM

ここはよく調べてないのだが、
アメリカでPCが生まれた時、
どのようなキーボードがあったかは分からない。
だが、当時タイプライターの独占、レミントンを、
そのまま採用しただろうことは想像できる。

どうせキーを叩くのは科学者ではなくタイピストである。
2000年頃になるまで、
キーボードを叩くのは秘書の役割であり、
秘書が使いやすい道具を採用するのみだ。
そして秘書はタイプライター学校で習うのであり、
その学校は元々レミントンのつくったものだ。

レミントンは儲けた。
だがタイピストたちの健康はしらんというわけだ。
そして他の配列が存在しないので、
qwertyが最速であっただけだ。


そこからどうにかしてIBMが覇権を取り、
そのキーボードはレミントンのタイプライターと、
ほとんど同じ形だ。
qwerty配列。
これを変えることは、おそらく検討されていないだろう。

そしてロウスタッガード。
タイプアームの干渉を避けるために、
1/4、1/2ずつ左にずらしたままの配置を、
アームがない電子キーボードにも踏襲した。
タイピストがそう言った?からだろう。

このキーボードが日本にやってくる。


4. 日本のキーボード

電電公社があった。
電子タイプライターはカナ配列だった。
これがのちのJISカナ配列になる。

PCが輸入されたとき、
IBMキーボードではカナが収められないので、
JIS配列のためにキーを増やす魔改造をする。
英語も打ててカナも打てる、
qwertyかつJISカナキーボードがこのときにできる。

民間に広まる頃、
みな日本語はカナで打っていた。
まだ2バイト文字、漢字(全角文字)が表示出来なかったからだ。

日本語は半角カナ、英語は半角アルファベット、
が最初であったろう。


5. ワープロ

ワープロは2バイト文字を開発して、
漢字を使えるようになり、
カナ漢字変換が民間レベルで実現した。
日本語をコンピュータで書けるようになったのだ。

JISカナは効率が悪い。
これは民間への普及を阻害する。
まともな研究者ならそう思う。

だから富士通の神田泰典は親指シフトを、
NECの森田正典はM式をつくった。

親指シフトは親指にレイヤーキーを2つ置き、
30範囲に清音濁音をおさめたカナ配列だ。

M式は左手に母音、右手に子音を置き、
左右分離型ローマ字にしたうえ、
左右対称型のキーボードを提案した。
真ん中に操作系キーを集めたので、
分離型キーボードのように肩が開くのも特徴。

これらは各メーカーの独自機構である。
ワープロでは親指シフトがシェア一位をとり、
これが今に続く親指シフトの神話の源泉。

だがワープロはPCに取って代わられていく。
オフコン(オフィスにコンピュータを置き、
書類などをPCで作るようになる)の流れだ。


6. 98

オフコンでシェア一位を取ったのはNECのPC-9801、
略称98(キューハチ)。
キーボードはJIS配列。
ワープロは日本語処理しかできなかったが、
表計算とかその他の業務にも使えるので、
98がシェアを取った。

しばらくは、文書はワープロで、その他はPC、
という棲み分けもあったろうが、
今のようにデータがやり取りできないので、
いずれPCに収束していく。

NECのM式が98に採用されなかった理由は不明だが、
ワープロ専用キー以外に、
たくさんのキーが必要になったのだろう。
だったらIBM由来のJIS配列が採用になったのだと思われる。

この時代までは、
おそらくJISカナが上位だったと推測される。
まだブラインドタッチが、みんなできない頃だ。



7. Windows

日本の入力文化を殺したのはWindowsの上陸だ。
これで98が絶滅して、
オフィスはすべてWindowsになった。

キーボードはJIS。
英語はqwerty。
日本語は?
当初はカナ入力派のほうが多かった?
(ここはデータがない)

いずれqwertyローマ字に収束していく。

その理由が、
「新しくキーボードを覚えるのに、
50+26よりも26のほうが楽だから」
というものだ。

レミントンのタイプライターのころから、
人類は一貫して同じ事をやっている。
合理よりも楽を取る。
切り替えコストを払わずに、なるべく楽をしたい。

富士通だけじゃないかな、
自社で親指シフトを普及させて、
新入社員に教育してたのは。
それがいつなくなったのかは知らない。
Windowsの普及とともにそれも消えただろう。

Windowsの設計も悪かった。
JISカナとqwertyローマ字の切り替えが、
Alt+ひらがなカタカナキーという、
知らなければ使えない暗号になっていたのが、
JISカナを殺したと思う。

富士通がWindows対応の親指シフトキーボードをなぜ作らなかったのかは、
わからない。
前の時代、NECの98にシェアを取られたので、
弱小メーカーになってたからかもしれない。
開発力のないところは、
時代に取り残されて死ぬのみだ。


こうしてqwertyローマ字が独占した。

え?100年前の流行歌、まだいるんですか?

しかも名作だから流行したのではなく、
流行らせた(パワープレイ)から流行っただけですよね?

僕がタイムマシンに乗れるなら、
レミントンを殺しに行くね。
いや、ショールズにqwerty以外を教えればいいのかな?
格子配列になるようなアーム機構を考えればいいかな?
あるいは、文字の位置を簡単に交換できる機構を発明するかな?

アメリカ海軍に速度ではなくエルゴノミクスを教えるかもな。
効率化は速度だけでなく兵を失わないこともあるぞと。

また、富士通に直談判しにいくか。
かつて親指シフトをJIS規格化(=国産化)しようという流れもあった。
このときの召集メンバーは各メーカーだ。
富士通が独占することを恐れたのか、
第1回での投票は全員判断保留だったと聞く。
第2回の投票は行われなかった。

この場にタイムスリップして各メーカーを説得して、
この時代にはまだないオープンソース思想を説き、
富士通にライセンス料を数年間払うことで、
富士通さんにはご納得いただきたいところだ。

富士通だけが、「みんながタイプする時代」を想像していた。
だけどその理想が来る21世紀に、
富士通はメーカーとして弱体化したんだな。



8. みんながタイプする時代

こうして、
人々の怠惰によって、
あるいは啓蒙の下手さによって、
あるいは強欲な商人によって、
あるいは合理性の履き違えによって、
あるいは気の使い合いで、
qwertyローマ字を皆がタイプする時代になった。

タイピングは数台しかないPCで秘書がするもの、
ではなく、
全員貸与のPCで、各自がしなければならないものになった。

JISカナへの切り替え方法、
qwertyローマ字への切り替え方法もわからず、
人々はqwertyローマ字を、
天から与えられた環境のものとして、
使い続ける未来が誕生した。



9. それ以外の方法

当然、日本人はバカではないので、
「もっとマシな方法があるやろ」と思う。

親指シフトをプログラムで実装したり、
新JIS配列を復活させて月配列へと改良したり、
親指シフトを改造して飛鳥配列や小梅配列(当時)をつくったり、
和ならべやSKY配列やきゅうり配列やけいならべなどの、
左右分離ローマ字をつくったり。

あるいは漢直を使ってみたり。
同時打鍵を親指とだけやる必要はないと、
文字領域同時打鍵の下駄配列、新下駄配列をつくったり。

これがqwerty以外の新配列だ。
僕の集計によれば300程度は存在する。

親指シフト、M式のワープロの時代を第一世代とするならば、
windows上でつくられたものを、
僕は第2世代とよんでいる。

これらの実装は個人開発のプログラムである。
だから、OSのアプデについていけなかったものは、
次々に死んでいく。もったいない。


10. 現在

キー配列の汎用エミュレータ、
DvorakJ、やまぶき、紅皿、漢直WS、
Karabiner-Elementsなどによって、
新配列たちは知る人ぞ知るものとして、
脈々と使われている。

また、自作キーボードなるものが生まれて、
キーボード内のファームウェア、
qmkに配列を実装する例も生まれている。
この時代以降を第3世代と呼ぼう。


第3世代の筆頭は、
ローマ字配列においては大西配列、
カナ配列においては我らが薙刀式、
といえると思う。

これを旗手として、
ローマ字ではEucalyn配列、Tomisuke配列などが使われ、
英語配列をローマ字として使う、Colemak使用者もいる。
カナ配列では、第2世代の新下駄、飛鳥、月配列、(シン)蜂蜜小梅、
第1世代の親指シフトあたりをよく聞く。

くわしくは、
qwertyローマ字、JISカナ、そして標準フリックを禁止した、
標準配列以外の新配列コンテスト、
Alternative Typing Contestをごらんください。
2024: https://m.youtube.com/watch?v=iKSnUOVDimM
2025: https://m.youtube.com/watch?v=_sw6MZ5shTo

タイプライター発明の以前に戻り、
qwertyを否定して、
より合理的なキー配列を探求しよう、
という流れが「新配列」という運動だ。


我々はこの100年をやりなおす。
かつての流行歌のレコードが1曲しかない世界は変だ。
音楽は好きなものを聞けるようになるべきだ。
文房具屋にたくさんの筆記具が並ぶようになるべきだ。

100年前のポンコツでデッドロックしてる、
人類はかしこいと言えるのか?


なお、
ランダム生成100配列をつくり、
それらのスコア(KLA: Keyboard Layout Analyzer)を測定したところ、
qwertyは10位という研究もある。
よわすぎだろ。ランダムに負けるのかよ。
http://oookaworks.seesaa.net/article/512296118.html
https://miteruzo.com/buriburi/
英語限定だけど、ローマ字でやったらどうなんの?
という追試はまだなので有志の方やってみて。
kouyさんの100万字統計の原文リストが、
https://kouy.exblog.jp/13653611/
にある。




僕は、デッドロックは、こっくりさんと同じ原理だと思っている。
こっくりさんは霊の仕業ではなく、
複数の力が均衡しているとき、
わずかにそっちへ行ったらみんなついていくような、
集団の心理の雪崩のような現象であると思う。

結局みんなキー配列を変えるのがこわいので、
なにかしら理由をつけてそこから動こうとしないのだ。

ちょっと違うキー配列にしました→売れないからやめよう
大胆に違う配列にしました→コンセンサスが取れないからやめよう

と、毎回均衡を崩そうとしても、
複数の力の平均が元に戻るようになってしまっているのだ。
(複数次元のナッシュ均衡かも。2次元ナッシュ均衡しか知らないので、
詳しい人分析して。
たった1人のガリレオが正しい事を言っても、
多くの人が違うと言えば、
あるいは怖がれば、動かない状況にも似ている)


配列エミュレータが、自作キーボードが、
この均衡から飛び出そうとする人を応援している。

井の中の蛙よ。せいぜい井戸の中で安穏せよ。
我々は元気なので、
井戸の世界を飛び出して広い世界を見てくるよ。

干からびて死ぬかもしれないし、
車に轢かれてぺしゃんこになるかもしれないが、
「世界はこうだったのか」を知り、
自由に走り回って、疲れたら死ぬのみだ。

もしそれが良いものだとわかれば、
外に出た人々が集まり、そこに村をつくるに違いない。
そして村がいくつかできて、
交易がはじまるだろう。



井戸の中では100年前の歌が流れている。
我々は、自由な歌を歌う。
posted by おおおかとしひこ at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | カタナ式 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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