心理学的用語。
ざっくりいうと、
「人はやらない言い訳を探す」という人間心理の傾向。
以下のツイートが、まさにそれ。
> 大西配列については考案者が大西配列を通してぼくより速くなったら取り掛かろうと思っていたけど秒9打になっているらしくてすごいじゃんと思ったけどもともとが手元を見ながら秒3打だったらしくてこれはキーボードの性能なのか認知的相性の問題なのか悩む
俺より速くなったらやるわ
(速くなるわけがない。だからやらねえぞ)
→速くなってた(やりたくねえ……)
→qwertyが全然ダメだったらしいぞ、
これは普遍的真理ではなく、
認知的相性問題にすぎないのでは?
(そう、だから俺には向いてない可能性がある、
だからやらなくていい)
()の本音は、いつも「やりたくない」だ。
これを言うとバカにされるので、
本音を隠したまま、
理屈をつけて妥当なふりをするのが、
人間の特性である、
ということをフェスティンガーは看破したわけだ。
新配列はqwertyに競技では負けている
(だからやりたくない)
Vimと併用できないから
(だからやりたくない)
客先で別PCや、ターミナルをさわるので
(だからやりたくない)
qwertyを忘れそう
(だからやりたくない)
などが世の中に溢れている。
実際には、
新配列はqwertyに競技では負けている
→競技形式は創作文を書いていく行為とは程遠く、
トップレベルのスコアは創作文ではほぼ意味がない
(3500字/10分のペースで競技できる人でも、
1500字/10分で自由文を書けない事がある)
Vimと併用できないから
→HJKLカーソルさえレイヤーに乗せれば、
新配列バインドでもVimが快適である証言がある
客先で別PCや、ターミナルをさわるので
→次に見るように、新配列とqwertyは併用できるので、
特に混乱はない
qwertyを忘れそう
→忘れるのは一時的。運動記憶である限りどこかに残っているので、
併用練習をすれば併用できるようになる。
大道芸的ではあるが、瞬時の切り替えも可能レベル
などが真実だ。
認知的不協和、つまり心理的感情的葛藤なので、
こうやって理詰めで詰めると、
「うるせえ!」と感情で返してきて、頑なになる。
感情が本体で理屈は隠れ蓑であり、
蓑を剥がすと暴れるのだね。
結局その本体は、「こわい」という感情だ。
何が怖いかというと、
「どういうものなのか、得体が知れない」ということだ。
身近に実際に打鍵できる人がいれば、
宇宙人のように見ることもあるまい。
ただの「よくわからないものを怖がる猫」と、
同じ回路が働いているにすぎない。
こういう人に理屈で詰めても無駄だ。
相手は理屈をこねてるのにな。
だから感情で返してあげるのが良い。
「せっかくのチャンスをもったいない」
「別にやらなくていいですよ。やってる人で集まってキャッキャしますので」
「ともだちになれると思ったのに」
「また興味が出たらおいで。そのときにあそぼう。
僕らはきみを否定しない」
もっとうまい言葉をかけれる人もいるだろう。
まあ、怖がってる人は一生やらないよ。
理屈じゃない恐怖を感じてるんだから。
僕がナウシカなら「こわくない」と指を差し出して噛まれるが、
ナウシカじゃないのでできない。
ということで、
天キーに来ればいいよ。
変態キーボードばかりだから、
こっちが正しいのかな?って思っちゃうよ。w
2026年01月23日
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