その人はどうしてもそれがしたい。
そのようにすると話が強くなる。
でも、その人が「明らかにそれをしたい」と見せているかどうかは、
また別のことである。
なぜなら、人は本心を悟られないようにしたいからだ。
好き避けという現象があるように、
めっちゃ好きでもわざと避けてしまったりする。
「いや、別に好きでもないですけど?」
ってふりをすることくらい、とても良くあることだ。
「めっちゃ好きです! セックスしたいです!」って言ったら、
まあつかまりますわ。
ある目的がある。
とてもやりたい。
人生を賭けてやる価値がある。
今の全部を賭ける。
しかし、それが外から見て、
見えるようになっているとは限らない。
発明をしている博士がいるとして、
コンビニに買い物に行くときや、
銭湯に行くときにまで、その発明したい心を見せることはない。
しかし家に帰ったら、
部屋は膨大なな発明品で埋め尽くされていて、
彼の情熱が分ったりするものである。
アイドルになりたい子が、
吉野家で牛丼を食っているときまで、
アイドルになりたい顔をしているわけではない。
彼氏の前では単なる女子になるだけで、
アイドルとしてはふるまわないだろう。
上司を殺す、と思っていても、
その上司の前では無難な会話しかしないに違いない。
悟られたらややこしくなるからだ。
つまり、人は本心を隠しながら生きている。
だから、強い動機、目的は、
本心を隠している状態で持っている、
と思うとよい。
普通の顔をしていながら、
通行人と同じ無表情の顔をしながら、
やるときはやる。
そういう感じになるだろう。
吉野家で牛丼をモブの顔をして食っている、
どうしてもアイドルになりたい女の子が、
隣に憧れのプロデューサーが座ったら、
顔を売りに行くに決まっている。
その時のなりふり構わずさで、
彼女の動機の強さが分るわけ。
表情や行動は、状況に反射して起こる。
だから、表情や行動だけを描くだけでは、
一方的な押し付けになるんだね。
そうできるような状況がないとダメだし、
ただやって来るだけだったらメアリースーになってしまう。
最初だけは向こうからやって来てもいいが、
それからはずっとこっちが行動したことに対して、
広がる波紋として描かれるのが、
普通のやり方だ。
そのときに、強い動機、強い目的である、
という設定のほうが、
ドラスティックに物語を転がせる、
というわけだ。
無茶ぶりに対して答えられるだけの、熱があるからね。
あとは、その熱や強さを納得できるだけの、
ストーリーがあるか、で決まる。
設定の強さ、なぜそう思うに至ったか、
という理由や事情などが、重要になってくるだろう。
むき出しの目的で迫って来る人はいない。
それはまるで勃起したちんこを振り回しながら、
走って来る人のようだ。
もちろん、そういう瞬間は物語的であるが、
初手それをしないことは、
考えに入れておくべき。
にも関わらず、心のちんこは勃起しているのだよ。
その、中と外をうまく描きわけて、ときに外の仮面をはがすことだ。
2026年02月26日
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