難しい質問だね。
僕は、未知であること、
と答えてみようかな。
既知であることに、ロマンは残っていないんじゃないかと思う。
パンツの色が分ってしまったら、
もはやスカートめくりのロマンはないのだ。
戦国武将にロマンを感じるのは、
詳細が分っていないからだ。
恋愛にロマンを感じるのは、
これからどうなるか分らないし、
法則性がないからだ。
宇宙にロマンを感じるのは、
全然分っていないからだね。
分らないことは不安でもある。
だからドキドキする。
吊り橋効果かもしれないね。
物語はロマンである。
どうなるか分らないからだ。
もしよく知っている人の解決可能な事態があったら、
あんまりロマンは感じないだろう。
あー、どうせこうなるんでしょ、はいはい、
になるだろう。
無敵の〇〇でも解決できない事態がやってきただと?
からが面白くなるんだよな。
ドラゴンボールでいえば、
ピッコロあたりからサイヤ人編あたりか。
まじで面白かったなあ。
あれは物語的なロマンであったと思うよ。
未知を探求すること。
そしてそれが少しずつ分ってくること。
その過程にロマンはあるんじゃないだろうか。
ロマンチズム、ロマンティストは、
たいてい恋愛や詩的なことを愛するようなことに使うけど、
天文学者にも使えるし、
冒険者にも使えると思う。
その、未知があって、探求する話は、
だいたいロマンがあるんじゃないかしら。
ロマンのある話をつくるなら、
謎と答えと探求の過程の3つが必要だよね。
あと答えが分ったときのなるほど感、腑に落ちた感覚もだろうね。
完全に分ってしまったら、
種の分った手品のようにしぼむので、
余韻は残しておくといいかもしれない。
2026年02月28日
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