2026年03月01日

世界は答えを探している

人間、生まれてから死ぬまでに、
色んな疑問が生まれる。
世界は訳が分らない。
だから人は答えを欲しがる。
Twitterには格言という名の答えが転がっている。

物語は、いろんなことに答えを出す。


その答えが平凡なものでは退屈だ。
なるべく新しい答えがよい。

常識を覆すようなもので、
「え? そんな真理が世の中にあるの?」
って驚くのがいい。

意外であればあるほど、
その答えはインパクトが強い。
「正義は悪に勝つ」というのは勧善懲悪の答えだけど、
逆張りで「悪は正義より強い」という答えに帰着する物語を書くとインパクトが強い。
(インパクトが強い、ということを言っているだけで、
面白いかどうかはまた別の話)

つまり、常識のAと逆張りの-Aがある軸でないところで、
答えを探すといいものが見つかる可能性が高い。
二つの価値の間で揺れ動くものよりも、
新しい方向性へ行くほうが、
答えとしては面白いわけだ。

とはいえ、
それをいきなり理解することは難しいから、
常識対非常識、という枠組みがいるかもしれない。
人は理解できるところから理解していくわけだからね。

常識のほうが敵になり、
非常識のほうが正しかった、
というのは、いつの世にもロマンがあふれる話である。
(たとえば地動説のガリレオとかだ)


さて。ではなぜその答えが正しいと言えるのだろう?
それが証明という行為だ。

三段論法や背理法を使って、
2時間かけて証明していくわけだ。
常識に従って失敗して、
それを覆す形で行動して成功してもよい。
もっと異なるストーリーで証明してもよい。

証明は、基本的にはアンチテーゼが正しくなく、
敗北することで可能だ。
アンチテーゼが登場しない証明は、
「あきらか」でしかないので、
あまり証明になっていない。
ということは、基本的には物語にはアンチテーゼがないと、
証明した感じにはならないと思われる。

アンチテーゼは明確な敵でもいいし、
常識や世間体でもいい。
主人公自身の先入観や偏見でもいい。

何かしらの逆転をして、
「〇〇は間違っていたのだ、
××が正しかったのだ」
という意外な結論へ行くことが、
理想の筋書きだと思う。


世界は答えを求めている。
たくさんの答えを探している。

占い師が人気なのは、
答えを言ってくれるからだ。
(本当かどうかの保証はない)
慎重になるほど、
現実では明確な答えを言えないものだが、
架空の世界では、はっきりしているほど強い。


色んな答えを出してよい。
世の中の作家は、
世界で同時に答えを探しているアリのようなものだ。
どこかに当たりを見つけたやつが、
名作をものにすると思う。


もちろん、作家は哲学者やツイッタラーではないので、
短くいい感じのキレの良い言葉にまとめることよりも、
物語の形式として、
おもしろげな引き込み、展開、
そして常識をどうひっくり返すかの、
仕掛けを用意するわけだ。
posted by おおおかとしひこ at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 脚本論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック