いっとき小説でも書いてみるか、
って実験していたのは、
このことを確かめるためでもあった。
でも小説には小説の作法があり、
自分はなんにも知らんなあ、と思って、
小説らしい小説なんて書けないや、
と思って放置している状態かな。
映画は商品になりすぎてて、
ストーリーなど必要としていない、
というのはたびたび僕が唱える暴論である。
場面や瞬間の何かしか求めてなくて、
全体のストーリーとか人生とは、とかの、
物語的要素は付け足しにすぎず、
そんなものは小説やその他のメディアでやったほうがいいのでは?
という疑問がなくもない。
演劇?
これも原作ものとかシリーズものが、幅を利かせているように思える。
極論、
宝塚のレビュウみたいなのでもいい、
ってことあるし。
小説?
良く分からない。
漫画?
僕の出自はここだけど、
今更漫画の絵を全部描くだけの体力はないねー。
アニメーション?
オリジナル映画を出来るのは、
実はいまここ、という話もある。
ドラマ?
そんなに長いものを書けるかは分らない。
また、視聴率によって、
次の話を変えるようなシステムで、
対応できるとも思えない。
Netflix?
バブルは終わって、選択と集中があるように見える。
映画が物語としていいのは、
一本として完結しているところと、
ちょうどいい長さであるところだと思うんだよな。
その絶妙なブレンドがいいと。
しかしオリジナルのストーリーを、
映画(邦画だけ?)がもはや必要とすら、
していないように見えるときがあるよね。
物語を紡ぐ力、資格?が、
映画から失われつつあるように思う。
どんな世の中でも、
物語が失われることはないと思う。
しかし、
物語とメディアが、
分離しかかっているような気がしなくもないね。
マスで商売するには、
物語で商売するよりも、
コンサートやレビュウで商売したほうが効率がいいんじゃないか、
って感じになっているのが現在地点のような、
気がしなくもない。
(実は楽曲アーティストのライブを編集したドキュメントを、
音響がいい映画館で流すとそこそこ客が入るんだよね)
それでも物語を紡ぎたい人は、
今どうしたらいいんだろうね。
勝手に小説書くしか、
今のところは出口がないのかなあ。
自主映画を作る手もあるけど、
それって知れてるビジュアルになるから、
結局しみったれた、僕の嫌いな日本映画になるんよなー。
もっと変わった、
世にも奇妙な物語みたいなの(ホラーに限らない)を、
やればいいのにな。
それでもオリジナルの脚本を探している人、人たちはいるだろう。
そこに当たるまで、牙を研ぐしかあるまい。
2026年03月18日
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